ゲームの最近のブログ記事

eb!コレ エビコレ+ キミキス
eb!コレ エビコレ+ キミキス

PS2・PSP用ゲームソフト『アマガミ』のTV アニメーション版第二期が放送されているところだが、『キミキス』は『アマガミ』のスタッフの前作にあたる。最初のリリースは2006年だ。もうプレイしてからかなり年月が経ってるが、「そういえばブログ記事にしてなかったな」と思い出したので(書いてたかもしれないけど戦ヴァル2のとき同様、紛失したかも)、Wikipediaと記憶を頼りに適当に書いておく。

この作品は恋愛アドベンチャーゲームだが、ノベルゲームではなく、英語で言うところの dating sim に近い。プレイヤーは高校生の主人公の少年として1か月かけて女の子と仲良くなり、一緒に学園祭を楽しく過ごすのがゲームのゴールとなる。

まず、プレイヤーは自宅で「話題袋」の中身をセットしておく。この袋に「料理」とか「ファッション」とか「TV」とかの話題を入れておき、女の子と対面したときに選択すると会話が展開するのだ。主人公は毎日学校に通うが、その日学校内で行く場所を時間帯別に4か所指定するよう求められる。時間帯と場所ごとにそれぞれの女の子の出現確率が違うので、お目当ての女の子が出てくるところを予想してセットする。

首尾よく女の子が出現すれば、大抵の場合会話が始まる。話題袋の中の話題を選択し、それが女の子の興味・趣味に合致していれば好感度とテンションのゲージが上がる。合致していなければスルーされるかゲージが下がる。好感度がマックス、テンションゲージが高めのときに「アタック」を選択するとイベントが発生して物語が進み、好感度の上限が1段階伸びる。また別の日に好感度をマックスにして再度「アタック」を選択するとイベントが発生して物語が進み、女の子との関係が次の段階に昇格する。好感度にはハートと音符の2種類あって、昇格の際にハートの比率が高いと好きルート、音符の比率が高いと仲良しルートへ物語が寄る。序盤の段階なら軌道修正が可能だ。昇格すると好感度ゲージは0に戻り話題の興味も変化する。1か月以内に上記の流れを繰り返して最高位まで昇格できればグッドエンディングとなる。

このようにゲーム性が重視されているので、プレイヤーは延々テキストを読むだけよりも、女の子を攻略している感が味わえる。ただしその反面、メッセージスキップがないこともあいまって、全てのエンディング、全てのイベントを見ることが目的の周回プレイは面倒になる。1プレイが大体3~4時間くらいに調整されているので、一応許容範囲ではあるが。

この手のゲームは女の子たちの造形とキャラクター設定が生命線だが、まず造形については素晴らしいの一言。全員が黒髪や茶髪で現実的。アニメにありがちな変な髪色、髪型の人物はいない。高山箕犀による癖のない爽やかな絵柄は多くの人に好まれるだろう。攻略対象となる女の子のキャラクター設定はそれぞれ以下のとおり。

・内気で地味な図書委員(メインヒロイン)
・クールな天才
・疎遠になった年上の幼馴染
・清楚で従順な箱入りお嬢様
・快活な妹の親友
・サッカー少女
・口うるさいツンデレ風紀委員(隠しキャラ)
・素直で子供っぽい妹

概ね需要をカバーしていると言える。ただし、メガネっ娘が居ないのは個人的に非常に遺憾。

ストーリーは全体的にはドロドロした愛憎や人間関係の機微などはなく、涙や感動も煽らないあっさりとした青春ラブロマンスではあるが、部分に目を転じればキスから友人関係が始まる、付き合ってもいないのにキスしまくる(しかも学校の中で)というツッコミどころ満載なものである。なるほど、タイトルに偽りはない。女の子と親密になると「エッチな話題」も可能になる。全裸よりも少し衣服を着ていた方が官能性が増すように、「露骨な性描写があるわけではないのだが妙にフェティッシュで下手なエロゲーよりエロい」というジャンルが開拓されている。茶道のごとく日本人ならではの発展性である。この方向性は次回作の『アマガミ』でより先鋭化し、主人公が偉大な変態としてプレイヤーの崇敬を集めるようになるのだが、『キミキス』は未だ大人しい。

会話を通じて人となりを知っていくというリアルさと、ゲームらしい破天荒さが合わさって、個性的で面白いギャルゲーとして仕上がっている。地味ながら良作である。

なお、『エビコレ+ キミキス』は『キミキス』にヒント機能を追加して難易度を下げた廉価版だ。コレクション目的でもなければ、『エビコレ+ キミキス』の方を購入するのがよいだろう。

| コメント(0) | トラックバック(0)

戦場のヴァルキュリア3 EXTRA EDITION
戦場のヴァルキュリア3 EXTRA EDITION

PS3版『戦場のヴァルキュリア』ファンを落胆させた『2』。
次こそはPS3で続編を出してくれという願いも空しく、『3』もまたPSPでの発売となった。
でもファン心理に負けて初回版を発売日に買ってしまった私。

『3』も舞台は初代から同様、ガリア公国である。
一体何回この国は戦乱に巻き込まれるんだと思いきや、時間は初代と全く同じ。
プレイヤーは歴史の闇に葬られた秘密の懲罰部隊を指揮することになる。
なるほど、この手があったかと感心。
と同時に、初代のネタバレ全開になってしまうわけだが、初代をプレイ済みのプレイヤーにとっては「あの時、別の場所ではこんなことが起こってたのか」「こう繋がってたのか」とニヤリとさせられる、なかなかの辻褄合わせになっている。

士官学校からちまちまとミニゲームのごとく出撃していた前作とは違って、今作では地図上に記されていくアイコンを辿ってストーリーを読み進め、戦闘をこなしていく。
やはり戦争は進軍、行軍してナンボだ。
こういうちょっとした演出、システムを作るだけで、同じように小さいミッションをこなしていくにしてもプレイヤーの受ける印象は変わってくる。
進軍コースは時々二つに分岐することがあり、戦闘内容や獲得できるアイテム、いちゃつくことができるヒロインが変わる。
そう、なぜか今作は2大ヒロイン制になっていて、どちらと恋仲になるかエンディングが分岐する。
といっても分岐はすぐに合流し、エンディングの分岐は最終部分で変わるだけ。
ずっと片方とだけいちゃついておいて、最後の最後でもう片方に鞍替えするという鬼畜プレイも可能だ。
一度エンディングまで行ってしまえば、取りこぼした方の分岐部分にはジャンプできる親切な仕様になっているので、『ドラゴンクエストV』みたいに「ビアンカとフローラ、どちらと結婚すればいいのか」と悩む必要はない。

戦闘部分は基本的に前作の使い回しだが、改善されている。
通信対戦や協力プレイを廃止した分メモリを多く使えるようになったらしく、その分出撃可能なユニット数が増えた。
また、ユニットは頭部以外使い回しだったのが、軍服や体型も一人一人異なったモデリングに変わっている。
「単位システム」は廃止され、戦闘での活躍度に応じて熟練度が手に入る形に変更。
小部隊ゆえに隊員は全ての兵科をこなさなければならないというストーリー設定のもと、ユニットはあらゆる兵科に変更可能になり、「お気に入りのキャラなのに使いにくい兵科だから出撃させにくい」ということはなくなった。

追加要素としては「特殊化」というものがあり、特定のミッションではポイントを消費してユニットをヴァルキュリア化したり複数同時攻撃したりすることができる。
あまり便利なものではなく、難しい局面を打開したりゴリ押ししたりする時には使えるかな程度だが、上手な人ならトリッキーなプレイを編み出せるだろう。

ミッションで使われるマップは、前作からの使い回しに加えて、同じくらいの数の新マップが用意されている。
前作で散々プレイして攻略法を熟知しているマップをプレイさせられるのは興に乗らないが、新マップには縦長になっていたり、拠点で繋がっておらず拠点からの増援による進軍が難しいマップがあったりしてなかなか良い。

装備開発での「素材システム」も廃止されている。
無駄に種類が多いのは相変わらずだが、ゲーム内の金さえ出せば簡単に入手できるし金に困ることはないので実害はない。

難易度は『2』より高くなっていて、『2』の感覚で無闇に敵に突っ込むと死ぬ。
敵の攻撃力・防御力がともに高いせいだ。
Sランククリアは前作よりし辛くなっている。
敵ターンから始まるミッションが新たに導入され、運が悪いと自分のターンが回ってくる前に敗れることもある。
だが『2』とは違ってノーマルとイージーの二つの難易度をペナルティなく途中で切り替えることが出来るので、プレイに行き詰ったらイージーにして切り抜けることが可能だ。
感覚的にはノーマルがハード、イージーがノーマルに近いゲームバランスだと思う。

シナリオは使い減らしの懲罰部隊の活躍を描いているが、血なまぐささや泥臭さは無い。
戦争映画のような重々しさは期待してはいけない。
懲罰部隊送りが相応しいガチな犯罪者キャラクターも2人くらいしかおらず、隊員は破天荒ではあるがいい奴ばかりだ。
そこは『戦場のヴァルキュリア』の作風なので仕方ない。
しかし、少なくとも前作の学園ものよりかはよっぽどマシだ。
最終決戦で無敵化するボスキャラクターを「精神が肉体を凌駕している」の一言で合理化してしまうようなぶっとんだ部分もあるが、ストーリー全体としては概ね真面目に戦争をやっている感じがする。

『2』でダメだったところを真摯に改善した作品で、初代の物語を補完する部分もあることから、初代のファンには『2』をすっ飛ばしてもプレイをおすすめしたい。
『2』の英語ローカライズ版は売上が不振だっただめ『3』の英語ローカライズの予定は無いらしいが、せっかくいい作品なのにプレイすることができなくて海外のファンは本当に気の毒だ。

なお、今から買うなら新規エピソードを追加して価格を少し下げた「完全版」の『EXTRA EDITION』(通称E2)を買うべき。
先だって発売されたところだ。
初回版を買った人間にも救済策が欲しいところなのだが、SEGAってシリーズを続けてくれるのはいいけどセールス面ではあまり誠実ではないところが残念だ。
ダウンロードコンテンツを前作より高く売ってるし、お金を稼ぐのに必死なのが明け透けに見える。
ゲームが売れない時代に利益を出すためには順当な手段とはいえ、哀しいものだ。
せめて『EXTRA EDITION』の新規追加エピソードだけでもダウンロードコンテンツとして別売り購入できるようにしてくれないものか。
まあ、来年の今頃には『2』同様に『3』の再廉価版が出て2000円くらいになってるかもしれないが。

| コメント(0) | トラックバック(0)

SEGA THE BEST 戦場のヴァルキュリア2 ガリア王立士官学校
SEGA THE BEST 戦場のヴァルキュリア2 ガリア王立士官学校

PS3の『戦場のヴァルキュリア』は私のお気に入りの作品だったのだが、残念ながらその続編はPSPでの発売だった。
PS3で続編が作れるほどSEGAには余裕がないらしい。
それでも発売日に買ってプレイしてしまったのはファンの性というものである。
粗方クリアしてから長々と文章を書いたのだが、PCを移行して整理した際にファイルが行方不明になってしまった。
発売後2年近く経って更に続編の『戦場のヴァルキュリア3』も発売済みどころかベスト版が出るという頃合いなので、細かく書くのはやめて適当にざっくりと感想などを書く。

重ね重ね残念なことだが、PS3より遥かにマシンパワーの劣るPSPでの発売になってしまったためにグラフィック面やゲームシステム面では劣化を余儀なくされている。

グラフィック面では、キャラクターの会話は3Dから紙芝居に。
美麗なCANVASシステムはなくなり、その代わりに鉛筆調のざっくりとしたレイヤーを重ねて何とか手書き風味をつけてある。
3Dのモデリングはものすごく荒くなった。
ゲームシステム面では、マップは分割形式となり、同時出撃可能なユニット数も少なくなった。
ゲームプレイの感触は、詰将棋っぽさが退潮して「拠点を占拠してはユニットを細かく出し入れするゲーム」に変化している。
それでもSEGAと外注のスタッフが、PS3で築いたゲームシステムをPSPに頑張って落とし込んだのは分かる。
そしてそれなりに面白くプレイできる。

全般的に、スタッフが前作に対して寄せられた客の不満を真摯に受け止めて応えようとしたということがいろいろと感じられる。
不満というのは、モブキャラに過ぎなかった隊員に個別シナリオを作って欲しいとか、エンディング後でももっと遊びたいとか、ユニットの成長が単調とか、クリアしたらゲーム内の金が余りまくるとか、ミッションの数を増やしてほしいとか、ライトゲーマーには難しすぎるのではないかとか、そういったことだ。
しかし心意気はいいのだが、実装にはかなり問題がある。

まず、兵科を増やし過ぎ。増やしても使いどころが乏しいだけ。
結局使いやすい兵科に偏ってしまう。
さらに、ユニットの成長に必要な「単位」の入手がランダムで、狙ったユニットを思うように成長させられなくてイライラさせられる。
増やし過ぎと言えば、武器や戦車装備の種類も大して差がなかったり使いどころが乏しかったりするのに無駄に増やし過ぎ。
さらにその開発に必要な「素材」の入手もランダムで、素材稼ぎのために同じミッションを何度もプレイしなくてはならないという局面が出てくる。
「コンプリート厨」と言われるような、全てのアイテムやスキルを獲得しないと我慢できないタイプの人には作業プレイを強いられる非常に辛い仕様だ。

ミッションの数は多い。
多分、100以上はある。
だが基本的に10種類くらいだかの同じマップの使い回し。
マップの分割の仕方が違うとか、自軍と敵軍のユニットの初期配置が違うとか、クリア条件が違うとか、気象条件で差をつけているだけである。

ミッションの難易度は前作よりは易しい。
とことん下手糞な人向けにイージーモードも存在する。
隊員に個別シナリオが付いたことで、シナリオの矛盾を避けるために「HPがゼロになった隊員が死んで二度と登場しない」ということはなくなった。
隊員を死なさないよう気を遣う必要がない反面、プレイの緊張感はその分減っている。
前作はソフトな外面に反して意外とゲーム性はシビアだったので、そこが気に入っていたコアゲーマーには物足りないものになっただろう。

シナリオは前作でもハードな戦争ものというわけではなく、ファンタジー色が絡められていることもありあまり評価は高くなかった。
しかし今回学園ものとなったことで一層ひどくなっている。
内戦ということで描きようによっては侵略戦争より凄惨な戦いになると思うのだが、そんな中で呑気に学園生活をやっているというストーリーというかゲームの枠組みが間抜けだ。
敵は小物臭が増しているし、もはや学芸会、戦争ごっこに感じられてしまう。
メインヒロインのコゼットは存在感が乏しく、ファンから「メインヒロイン(笑)」とか「コ何とかさん」などと言われてしまう始末。
紙芝居パートでの会話がフルボイスではないのは容量や予算の面で仕方がないかと思うし、どうせ○ボタンでスキップして読み飛ばすから別にいいのだが、中途半端なボイスの付き具合(通称「ハハッ」)は妙に癇に障って困りものである。

更にまずいことに、クライマックスで流れるアニメーションムービーの作画が劣悪で、いわゆる作画崩壊状態に陥っていた。
TVアニメならまだしも、ゲームのアニメで作画崩壊って初めて見たぞ、オイ。
これでディレクターやプロデューサーがOKを出したということは、よほど納期や予算が厳しかったのだろう。

携帯機ということで無線を使った協力プレイや対戦プレイが出来るようにもなってはいるが、協力プレイが必要なほど難しくはないし、対戦プレイに向いたゲームシステムではないのでオマケ機能程度に捉えておくのが無難である。

と、こうもダメなところばっかり並べ立ててしまうとこのゲームは「クソゲー」かのようだが、そんなことはない。
『Valkyria Chronicles II』というタイトルで英語版が発売されているので海外ゲームサイトのレビューを探してもらえれば分かるが、IGNで10点中9点、metacriticのメタスコアが100点中83と、意外と高い点数がついている。
私も何だかんだでちまちまとプレイしていたら合計のプレイ時間が100時間を優に越えてしまった。
(正確な数字はメモリースティックの容量節約のために削除してしまったので確認できない。)
本当にダメなゲームならそんなプレイ時間に耐えるわけがない。

PSPのマシンパワーに由来するところを除けば、本作の問題点の大抵のところは続編の『3』で改善されることになる。
本作をプレイしておくと『3』に登場する『2』のゲストキャラクター絡みの楽しみが増すし、改善点を実感できる。
2011年11月に廉価版の廉価版として定価1,890円に値下げしたバージョンが発売されるが、
この値段なら気にせず買ってしまってもいいんじゃないかと思う。

SEGA THE BEST 戦場のヴァルキュリア2 ガリア王立士官学校(再廉価版)
SEGA THE BEST 戦場のヴァルキュリア2 ガリア王立士官学校

| コメント(0) | トラックバック(0)

テイルズオブファンタジア なりきりダンジョンX
テイルズオブファンタジア なりきりダンジョンX

『テイルズオブファンタジア なりきりダンジョンX』

メインの『なりきりダンジョンX』に話は移る。

物語としては『テイルズオブファンタジア』の100年後の時代から始まる続編になっている。
作品としてはゲームボーイカラーの『なりきりダンジョン』のリメイクだが、旧来のファンには自らが高く評価していた部分である設定とシナリオを大幅に改変されてしまい、評判が良くないようだ。
こちらは『クロスエディション』とは違って使い回しではなく、PSP発売から6年経って技術が蓄積されているところにPSP向けに1から作られているので、グラフィックはPSPの性能が十分生かされ豪華に見える。
カメラこそ固定でキャラクターは2Dではあるが、町もダンジョンもすべて3Dで描かれているし、ユーザインターフェイス画面もリッチだ。
ゲーム内チュートリアルやオンラインヘルプも備えらえていて、今時のゲームだなという感じがする。

タイトルに「ダンジョン」とあるとおり、冒険はダンジョンに限られていてフィールド移動はマップ上のアイコンを選択するだけの瞬間移動である。
ダンジョンは前作のダンジョンとの重複が多く、構造がほとんどそのまんまで3D化されただけだから新鮮味はない。
その分、前作のプレイ経験があれば仕掛けを解くのに苦労はしない。
マップが自動表示でかつ大きさを選べるのは非常に便利だった。
カメラの死角に宝箱が隠されていることがあるのは攻略サイトを見れば救済されるものの、ダンジョンの木の陰に宝箱が設置されていることがあった『クロスエディション』同様に嫌らしい。

主人公の双子の子供は衣装を着ることで職業になりきるという能力がある。
他のRPGで言うといつでも転職可能なのと同じだ。
衣装はボスキャラクターを倒したり、ダンジョンの宝箱を開けたり、サブイベントをクリアしたりすることで入手できる。
適宜切り替えてプレイすることになるが、使い勝手がいい衣装は限られてくる。
全ての衣装を手に入れるためには結局均等に使わざるを得ないのだが、衣装の多さはプレイの飽きを防ぐために目先を変えること以外にはあまり実用的なメリットはないと言える。

戦闘画面は2Dのままで戦闘システムも『クロスエディション』の拡張版と言った感じ。
戦闘設定のカスタマイズ項目が増え、操作の腕次第でコンボを長く続けることができ、魔法や特技に相当するものの発動に有利になるように設計されている。
AI設定のカスタマイズも十分とは言えないが細かくなっている。

なお、登場人物のキャラクター性を補完する演出として、フェイスチャット画面が引き続き採用されている。
シナリオの進行に従い要所要所で条件をクリアすると、画面にそれを知らせる表示が現れセレクトボタンを押すことでキャラクター同士の掛け合いを見ることができる。
しかし○ボタンでの早送りが出来ず、強制的に全部を音声で聞かされることになる。
スタートボタンでスキップすると全体スキップになってしまう。
画面端に通知メッセージが表示され続けるため完全無視するというわけにもいかない。
残念な仕様である。

主人公の双子の男女は13歳の子供で、年齢ゆえの未熟さを割引いても直情的過ぎたり、ネガティブ過ぎたりとあまりいい印象を与えないことが多い。
サポートキャラクターの衣装箪笥も尊大でロリコンの変態のような性格に設定されていて常に暴言を吐く鬱陶しいキャラクター付けがなされている。
これにフェイスチャットが早送りできない仕様が加わって不快感が増す。
シナリオ自体は結末の取ってつけたような必然性のなさに目をつぶれば許容範囲内だし、キャラクター性も我慢できないレベルではないのだが、制作陣の受け狙いは外してしまったと言わざるを得ない。

2010年に発売された比較的新しめの作品で、在庫が過剰にだぶつくほど売れた訳でもないのに中古価格1000円前後という本作の相場は明らかに過小評価である。
作り手や原作ファンには気の毒だが、少ない小遣いで長く遊びたいという目的があるなら願ったり叶ったりの掘り出し物と言えるだろう。

| コメント(0) | トラックバック(0)

日本でロングセラーのRPGシリーズといえば、『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』『テイルズオブなんとか』。
テイルズシリーズは永遠の3番手で今までプレイしたことがなかった。
ふと中古ゲームソフト店の棚を眺めていたところ、『テイルズオブファンタジア なりきりダンジョンX』が1200円弱で売られているのを発見。
『テイルズオブファンタジア クロスエディション』が同梱されていて、この値段。
単体の『テイルズオブファンタジア フルボイスエディション』が2000円弱なのに、何故?
まあ人気シリーズだし、そんなにハズレではないだろうと思い購入した。

『テイルズオブファンタジア クロスエディション』

調べてみると、シリーズ初回作『テイルズオブファンタジア』は何度も移植・リメイクされている。
SFC→PS→GBA→PSP→PSP(本作)の順になる。
『クロスエディション』はPS版がベースで、『なりきりダンジョンX』で新規加入するキャラクターの追加とそのシナリオ増補、戦闘システムの改変がなされているらしい。
タイトル画面やオープニング・エンディングは露骨にPS版を16:9のPSPサイズに引き延ばしただけと分かるレベルで画面がぼやけている。
それ以外はドット・バイ・ドットのくっきりした画面なのだが。
新キャラクターのロディにしたって、過去作品をプレイしたことがない自分でも「取ってつけた感」が分かるシナリオで、戦闘での使い勝手がいいわけでもなくほとんどパーティに参加させることなくクリアしてしまった。

移動は町やダンジョンが2D、フィールドマップが3D。
今時にしては古いが、PSPにはちょうどいい感じ。
町から町への移動は基本的に徒歩なのだが、一度通った町は基本的に用済みになるというわけでもなく、同じ町に行ったり戻ったりすることが多いのにドラクエで言うところのルーラがないので面倒に感じた。
終盤になると空を飛べるようになるのだが、それでも面倒だ。
キャラクターの移動速度の感触はスイスイと感じストレスがない。

ダンジョンは大抵の場合何らかの仕掛けがあり、それを解いて先に進むという形である。
それはいいのだが、その割にランダムエンカウントのエンカウント率が高い。
仕掛けを解くためにボタンを押して戻ってきて……というような無駄な移動が多いのに戦闘が間に挟まれてしまうとイライラさせられた。
その分、経験値稼ぎのようなことは不要ではあるのだが。
また、とあるおまけダンジョンでは、その画面で宝箱を全部とらないまま別の画面に遷移すると宝箱が消えてしまうという厳しい仕様があった。
誰が喜ぶのか、首を傾げざるを得ない。
シナリオが進行すると二度と獲得できないアイテム等がちょこちょこあるというのも、あまり気分が良いものではなく、何らかの救済措置が欲しかったところだ。
あと、ドラクエで言うところのリレミトがないので途中脱出は不可能である。
ダンジョン内でのセーブポイントが多めなこと、レベルアップで自動的に体力が全回復すること、最奥部のボスさえ倒せば入口までワープできるポイントが現れることから特段問題にはならないが、一応気になった。

戦闘は横2D画面に遷移してのリアルタイム戦闘。
ちょうど対戦格闘ゲームのような感じだ。
ターン制ではなく、アクション性が高い。
スピーディでそこそこ爽快感がある。
ドラクエのようにテンポが悪くて退屈、という印象は抱かせない。
そしてボス戦でも結構全滅するし、とあるモンスターには石化攻撃で開始すぐに全滅させられることもあった。
といっても無茶苦茶難しいわけでもなく程よい感じだった。
操作キャラ以外のパーティキャラは事前設定に基づいてオートで動くのだが、AIがあまり賢くないのが残念なところである。

キャラクター造形はマンガ・アニメ寄り。
すれた大人がラブコメもどきなもどかしい淡い恋のようなものを見せられても嬉しくはない。
この辺は時代や対象年齢層のこともあるので仕方ないか。
シナリオは故郷を襲撃されて止む無く敵討ちの旅をすることになった主人公が時代を移動しつつ冒険を続け、最後には歴史を改変して「魔王」を倒し世界を救うというもので、王道に近い。
ただ、クライマックスでは「魔王」側にもやむを得ない事情があり、彼らの立場からすれば「魔王」が救世主で主人公の側が魔王だった、という『海のトリトン』のような価値観の逆転がある捻りが加えられている。
「魔王」が交渉上手だったら誰も死なずに済んだろうに、というツッコミたくなる面もあるし、「魔王」は実は純粋な悪者ではないのではないかという示唆が随所にあるので別に意外でも何でもないが、単純に悪者を倒せば世の中丸く収まるというものではないんだぞと、恐らく対象年齢層にしているであろうローティーンのプレイヤーに示している。

総じて言うと、欠点はそこそこにあるものの致命的ではなく、15年近い長きに渡って何度も移植・リメイクされているだけあって、もともとの完成度が高い佳作だったと言える。
6000円のフルプライスだとさすがに高いと思うが、同梱版でこの出来なら十分だろう。
一方で、過去作品をプレイしたことのある人が『なりきりダンジョンX』の新キャラのためにプレイしなおすとなると、大して変わり映えがしないどころか、完成された世界に異物を突っ込まれたような気持になってしまうかもしれない。

| コメント(0) | トラックバック(0)

ドラクエ10はMMORPGになるらしい。

「25年もシリーズを続けてきてマンネリだから新しいことに挑戦したい」「事業が不振だから継続的に金を取れるビジネスモデルにしたい」という意図が感じられる。
でもドラクエって、MMOが似合うブランドじゃない。
プレイしている間は自分が世界を救える唯一無二の特権的存在になれる。
素早いアクション操作が苦手なおっさんおばはんでもプレイできる。
面白すぎて大興奮ということはないけど、大外れはなく安心してプレイできる。
小学生がプレイしても大丈夫。
ドラクエとはそういうものだと思う。
MMORPGにするという選択は「否」と言わざるを得ない。

ネットワーク通信を使うとしても、せいぜいルイーダの酒場に自分の育てたキャラを預けて他人に使ってもらえるようにするとか、友達と協力プレイができるとかくらいの拡張的機能でいい。
継続的に金を稼ぎたければダウンロードコンテンツ、アイテム課金でいいだろう。
追加ダンジョン1000円とか、錬金に使うとランダムで強力な武器防具に化ける可能性のある素材1個300円とか。
時間の乏しい勤め人向けに、日数限定ではぐれメタル出現率大幅アップアイテム500円とか、モンスターを倒して得られる経験値・ゴールドが2倍になるアイテム1000円とか。

まあ私みたいな素人が考えることは当然社内の人も考えてるだろうから、どういう経緯で反対意見を抑えて今回の判断に至ったのか、企画書とか議事録とか見れるものなら見てみたいものだ。

| コメント(0) | トラックバック(0)
4 avril 2011

『Incubator』

http://illucalab.c2.coreserver.jp/incubator.html (メイン)
http://www.geocities.jp/illucalab/incubator/ (ミラー)
http://www27113u.sakura.ne.jp/incubator/ (ミラー)
http://illucalab.s337.xrea.com/incubator.html (ミラー)
http://www42.tok2.com/home/illab/incubator.html (ミラー)

『魔法少女まどか☆マギカ』の世界設定をゲーム化した秀逸なFLASHゲーム。
1プレイ3分の中に世界観が凝縮されている。
言い換えるとネタバレ全開なので、観たことがない人にはお勧めしづらい。

私はゲームが下手糞なんで88000点が現状のところ限界。
ハイスコアを狙うと外道プレイが必須になる。

どうやらコツはこんな感じらしい。
・魔法少女を1点に固める→レベルアップの機会が多くなる
・全員を魔法少女化するのではなく、ちょこちょこ魔女に食わせて生贄にする→敵が増えてレベルアップの機会が多くなる
・ダメージを食らい過ぎた魔法少女は固めずに放置して生贄にする→よりレベルの高い魔女が生成されてレベルアップの機会が多くなるし獲得スコアもアップ→最終的にレベルの高いワルプリギスの夜が生まれることにより、撃破した時の獲得スコアが大幅アップ

魔法少女がガンガン倒されていくと臨界状態の仕組みがよく理解できるかもしれない。

| コメント(0) | トラックバック(0)


『うみねこのなく頃に』シリーズ完結編となる Episode 8読了。
感動とか興奮とかは乏しいものの、妥当な終わり方というか、落ち着くべきところに落ち着いたように思う。
どうもネット上では『うみねこ』は駄作だの時間の無駄だのと酷評の声が目立つように見える。
しかしいくつかの不満点、不備は私も認めるものの、結構面白い作品だと思った。
以下、ネタバレ注意。

| コメント(0) | トラックバック(0)

2ch BBS の「【ひぐらし】作品批判スレ【うみねこ】」に書かれている批判意見テンプレートに逐一ツッコミを入れてみた。

2ch BBSで指摘したとしても分量が多すぎてまともに読まれないか、「信者乙」で流されることが予想されるので、ここに記す。

うみねこep5で指摘された問題点

ミステリー関連

■本物のノックスは5条で中国人を禁止している。
(=謎の中国人が「私、秘術使えるアルヨ」と怪しげな呪術で殺人をしたという中途半端なミステリが多かったため。
江戸川乱歩も5条については「西洋人には中華人は何となく超自然、超合理な感じを与えるからであろう(探偵小説の定義と類別)」との解釈)
 これを類推解釈すれば魔法使いも禁止となり、ステイルメイトしかねない。
 よってプレイヤーからはゲームの構造上、ノックス遵守など主張できなかったのは当たり前のこと。
 にもかかわらず、5条を欠番扱いするわ大幅に都合のいいように独自解釈したノックスを出して良い気になっている厚顔無恥さ。

→「にもかかわらず」ではなく「だからこそ」作者は5番を欠番扱いにしたのだろう。
独自解釈の「ノックスの十戒」が登場するのも、乱立可能な解答を絞るために転用したに過ぎない。
そもそも作中で「これは20世紀初頭の小説家ノックスの定めたルールである」と述べられて登場人物が議論しているわけではないし、「本作はノックスの十戒が守られている」と作中で明言されたわけでもない。
「良い気になっている」というのは悪意に基づいた偏見。

■ノックスの十戒をもちだして推理可能だと信じればよかったなどといいだすも、肝心のノックスが『竜騎士定義のノックスであり本物とは異なる』ために、
『読者からルールが想定不可能』、『誰がお前独自のノックス十戒定義なんてしるか』

→「ノックスの十戒をもちだして推理可能だと信じればよかった」と作中には書かれていないので、前提から間違っている。作中に書かれているのは全く逆で、「ノックスの十戒が通用するとは限らない」と書かれている。

■謎にたいしてノックスやヴァン・ダインを持ち出して挑むという趣向自体が、日本三大探偵小説である「虚無への供物」にて行われていたことだが、
それから四十年以上の時が流れ21世紀に作者が行ったことは、ルールを作者に都合のいいように改変したことと、女の子にしたこと。あまりにも程度が低い。

→『虚無への供物』は日本三大探偵小説ではなくて日本探偵小説史上の三大奇書と言われているのでは? それはともかくとして、「ノックスの十戒を作者の都合のいいように改変したのは実在の人物ノックスに対して敬意がない」と批判するならもっともだが、改変そのものは作劇上の道具として作品内に留まる限りは不具合はない。女の子キャラ化についても同様というか、趣味の問題だろう。

■隠し扉があるかどうかを前もって検証しておかなければ、そもそも「謎が生まれない」以上、ミステリ以前の問題であり、ノックスがあるから隠し扉があるか検証する必要がないという指摘は正確ではない。
 地の文などで隠し扉がないと示すか、あるいは作中の謎を捜査する側の人物により隠し扉がなさそうと示すなどで、隠し扉がないことを予め示しておかずに、
 解決編で隠し扉がありました、ではそれは駄作ミステリ。

→本作がミステリを自称するならそのとおり。しかし本作はミステリを自称していない。そして、解決編で「隠し扉がありました」という種明かしはされていない。あたかも隠し扉をトリックとして使ったかのように誤読されかねない文章である。
(事実認定としても問題がある。作中で隠し扉があるがあるか検証する必要がないという主張が通ったのは、ノックスの十戒にあるからではなく、「隠し扉が存在しない」というルールが作中設定「真実の赤」で保証されたからである。)

■「フーダニット・ハウダニット・ホワイダニットはミステリの三点セットです」という、
 竜騎士がインタビューで言い出して、ほかの人は誰もいってない言葉が一般論とされて、ヱリカが使っている。

→作者は「ミステリ」という単語を一度も作中でも作外でも使っていない。使っているのはすべて「ミステリー」という広い意味を含有する単語である。
フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットは三点セットというより三類型というのが批評言語としては正確なのだろうが、誤用されていることもしばしばある。
ただ、ミステリについて深い知識がなく、ミステリマニアに揚げ足を取られやすい不正確な記述を行ったという点では作者の落ち度だろう。

■作中で出てくるミステリーの死亡人数に対する豆知識は藤原宰太郎『真夜中のミステリー読本』の
「大量無差別殺人を除き、もっとも死体が出てくるのはアガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』の10名である。国内では、坂口安吾『不連続殺人事件』、島田荘司『占星術殺人事件』の8名である」から引用した疑いが濃厚。

→『真夜中のミステリー読本』を読んでいないので疑惑については不明。ただ、確かに死亡人数について言うと私の知ってる限りでも清涼院流水の『コズミック』の方が多いので作中の記述は誤りである。

■竜騎士のミステリ用語の解釈が、それまでのミステリの歴史とは大きく異なる解釈をしているため根本的にずれている。

→これは正しい。ただ、ミステリマニアではない人がミステリではないものに対して使う場合の解釈としては許容範囲だと思う。

推理関連

■食堂組にはアリバイがある。楼座が食堂を出たのは午前1時の小休止。と示しておきながら
 第一の晩の6人が1時までに殺されたことを示そうとするヱリカの無理のある立証に、裁判中誰一人として突っ込みが入らず終わる事が不自然。
 判決の主文ですら1時までに殺されたとなっているのに、ドラノールの報告の内容は異なっている。

→これは正しい。ただ、正確には楼座が食堂を出たのは午前1時「頃」であるし、犯人がゲストハウス2階に午前1時までに侵入できるかどうかが問題で、侵入できなければ殺害もできないため、致命的なミスとまでは言えない。ミスではあるから完結までに修正した方がいいが。

■夏妃が犯人の可能性がある、戦人が犯人の可能性がある。どちらか1つに確定できないから「魔女幻想が存在する」という言い分が駄目駄目。
 どちらの主張にせよ人間がトリックを使って行ったと全て説明できるのだから、魔女幻想など必要ない。

→「確定できないから魔女幻想が存在する」という主張は作中に存在しない。また、「夏妃は犯人ではない」「戦人は犯人ではない」という赤字より、夏妃犯人説も戦人犯人説も成立しないため、魔女幻想そのものは存在する余地がある。

シナリオ関連

■魔女を否定することを期待されていた主人公が魔術師になってしまった。

→読者の意表を突く展開ではあるが、作中で辻褄が合っていれば何の問題もない。

■頭がよくない無能に描写されてきた戦人が、的外れな青字を繰り返した真相とは遠い白紙状態の場所から、突然全部の謎が解けた状態へと転移。金字まで使い出す超展開。
 これでは自力で謎を解いたとは言い難い。物語の要請に従って、作者から答えを教えてもらったカンニングやチートという感想しか持てない。

→確かにこれは唐突である。好意的に解釈するならば、戦人がすべてを知ったその直前の問答と思考が最重要であると作者が暗示しているのだろう。

■戦人がどのようにしてベアトの謎を論理的に解いていくかという過程に楽しみがあるのに、
 謎を解いてしまった結果、プレイヤーが推理しなくてもあとは戦人が勝手にしゃべってくれるだろ、みたいな雰囲気に。

→戦人に期待するのはプレイヤーの勝手で狭量な思い込みである。本作は(本格)ミステリを自称しているわけではないので、必ずしも論理的に謎が解かれる必要はない。それに、作者は探偵役に解答を述べさせる以外の別の表現手段によって謎の解答を示すことが禁じられているわけではない。勝手にそのような縛りを設けることは、作劇の可能性を狭めてしまう。

■妹がベアトを倒し帰ってきて、と発破して死んだにもかかわらず、それでもベアトを介護する戦人に、
 ep4までの流れや縁寿はどうしたという批判や疑問、違和感が噴出。

→EP5の時点では確かに疑問や違和感がある。しかし、作者が戦人の行動に必然性があることを完結までに描写すれば問題はなくなる。

■ベアバト派に媚びた創作姿勢、過剰なカップリング描写、甘々なボーカルソングにうんざり。

→ベアバト描写、カップリング描写に必然性があることを作者が完結までに描写すれば問題はなくなる。むしろ、そこまでしつこく描写されているということは何か重要な意味があると考えた方がよいのでは。ボーカルソングについては演出論であるから、様々な見解があるだろう。

■「戦人の青き真実なんて、ほとんどハズレてるわよ! ベアトのヌルい赤なんて隙間だらけだもの」と廃人化してゲーム投げ出すベアト。
 これでは結局ベアトがやる気をなくしただけ、ということで縁寿がベアトに最後まで戦えと発破をかけて死んでいったのが全くの無駄に。

→縁寿が発破をかけて死んだのはベアトのためではなく戦人のためである。そして、廃人化したのは戦人がベアトの期待に応えられなかったからである。

■ワルギリアが「戦人は犯人ではない」だの助言するが、EP4後のあやしい人物投票1位にまでなった人物の白か黒かが、単なるネタバレの一言で片付けられてプレイヤーはがっかり。

→あたかもプレイヤー全体ががっかりしたかのように語っているが、それは貴方個人のことでは?

■ベアトは瀕死で苦しんで最後には死にました。次のゲームマスターは戦人です。
 さあ皆さん、戦人の出す謎に挑戦しましょう。読者が悪者という流れで推理気力が減少する。

→読者が悪者とは明示も暗示もされていない。

■今回の「お前らひぐらしでノックスノックスうるさいからノックスだしてやったぞ」で竜騎士いいたいこと全部いえたろ。

→それが作者の言いたいことの全部と断定する根拠は何? 『うみねこ』が『ひぐらし』で作者が受けた非難を作品に織り込んでいるのは確かに作中で伺えるが、そのこと自体が作品のテーマと断言するにはあまりも根拠がなさすぎる。

■作中やインタビューで登場人物が多いことを自慢しているが、半数は名前がついているだけの空気キャラだった。
 しかも何人その場にいても作者に洗脳されたように思想が1つにまとまっていることが多いので沢山いる意味が無い。
 口調で区別をつけなければ判別がつかないレベルなのだが、ついに法語なるものまで飛び出したのには失笑する。

→自慢しているというのは不適切な物言いであるが、登場人物が多いためにエピソードによって存在感のないキャラクターが頻出しているのは確かに批判の余地がある。

■とりあえずキャラをいじめておけば「かわいそう」ということで人気が出るだろ、という昔からのワンパターンテクが炸裂。
 悪役も、さらなる悪役にいじめさせればOKとか、それしか出来ないのか。

→根拠がなく悪意に基づいた偏見。

■とりあえずキャラを高所から転落させれば話が作れるだろ、という昔からのワンパターンテクが炸裂。今回は使用人と赤子。ひぐらしから数えて、いったい何人を高所から転落させているのか。それしか出来ないのか。

→それを言い出すと、「とりあえず人を死なせれば話が作れるだろ」という物語が神話の時代から世の中には多すぎる。
 事故か他殺か自殺かが不明瞭という点において、高所からの転落というのは作劇上便利なのだろう。

■ep5で明かすつもりだった金蔵死亡を、すでに推理されていたためにep4で明かしたにもかかわらず、ep5で金蔵死亡についての論戦を行っても、退屈極まりないだけ。
 戦人がクライマックスの切札としてつかった金字も金蔵死亡の保障だが、それがep5単体だけでは何か重大な新事実が明らかになったとは言えず、退屈である。

→金蔵が死亡している事実そのものが問題なのではなく、その事実に基づいて長男一家や使用人等がどのように思考・行動していたかが作中で描写されたことがEP5の重要な点である。そしてEP5の論戦は当初は金蔵の死亡をめぐる事柄ではあったが、次に主題が夏妃の冤罪に移っており、そこで新たな「赤き真実」が発生することに意義がある。

■展開編で、そろそろ幻想描写がはがれて下位世界の人間たち中心になるかと思ったら、ベルンやラムダが出ずっぱりで本編とお茶会と裏お茶会の区別すら不明瞭。
 裏お茶会で登場人物の口を通した竜騎士の持論語りを延々聞かされる苦痛。

→幻想描写がはがれて下位世界の人間たち中心になると期待したのは貴方の勝手。個人の不満、感想としては間違ってはいないが。
 登場人物の口を介して作者の持論が語られるのは名作にもあるので、一概には否定できない。それは脇に置くとしても、延々聞かされるというほど分量は多くない。

■金蔵の死を暴いてはいけない秘密として描写しておきながら、主人公自らがそれを金字で証明しずっと隠していた夏妃がお礼を言う展開の矛盾。
また、前提として死亡隠蔽を美談として書く不自然さ。

→夏妃は礼を言っていない。作者を死亡隠蔽を美談としても書いていない。死亡隠蔽の報いとして夏妃を冤罪で苦しめている。

キャラクター関連

■ep4後人気投票後のインタビューで「ベルンカステルはなぜこんなに票を集めているのかよくわからない(笑)。いや、わからないことはないのですが、それでもちょっと票を集めすぎですね。
 もうちょっと低くてもいいんじゃないかな(笑)」 と発言した後、
 ベルンはep5での言動により人気が急降下。人気投票を意識した露骨な「調整」が浮き彫りに。

→根拠が明らかでないにも関わらず、連続して発生した事象に因果関係があると思ってしまうのは人間の悪い癖である。

■しかし新キャラの名前からして古手梨花劣化コピーの古戸ヱリカは上位に食い込んでおり、ベルンを転落させた意味が無い。

→名前以外に古手梨花とは全然似ていない古戸ヱリカが上位に食い込んだところで作者は困らないだろう。

作者の姿勢への批判

■ノックスのこと知らないの? と竜騎士が勝ち誇ったように使いまくってるけど、ひぐらしの後の作品なんだから謎の病原菌や特殊部隊を思考の隅に置くのは当たり前。
 なのに作中で鬼の首をとったようにそういう推理をしていた人を馬鹿にするセリフを延々キャラに言わせる。

→「勝ち誇ったように」「鬼の首をとったようにそういう推理をしていた人を馬鹿にする」というのは悪意のある偏見、曲解である。そもそも、思考の隅に置くのは自由だが、作者が同じネタを2回も使う人物と仮定すること自体作者をバカにしているし、ジョークとしてではなく本気でその説を中心に推理するのはプレイヤーとして芸がない。

■解いてみるか→まだ解けないの?特殊部隊とか何言ってるの?w
 →お前がひぐらしでそれをやったから考慮に入れたんだろ。もう知らんわ。
 →これは解ける問題なんですよ。何で解いてくれないんですか?→泣き事と意味分からない例え話。

→偏見、曲解、読解力不足。

■そもそも推理可能か不可能かわからんうちから真面目に謎に挑んできたのに
「推理可能だと信じてなかったんだろ? それは愛がないね。推理可能だから推理してみな!」とか、プレイヤーを馬鹿にしている。

→偏見、曲解、読解力不足。作者の言いたいのは、「EP4までの間に、推理可能であることを示唆する表現を入れておいた」ということだろう。

■プレイヤーは推理可能だと信じていなかったから謎が解けなかった、よって俺を信頼しないのが悪い。俺に対して愛がないのが悪い、という作者の説教に。

→偏見、曲解、読解力不足。

■たとえep5で「解けるように作りましたよ」なんて親切丁寧にいったとしても、
 同時に「読者のバーカ! 作者の俺は偉い!」なんて書いてあるミステリの謎なんて解こうとは…。

→そんなことは作中のどこにも書かれていない。そして本作はミステリを自称していない。

■梨花や幼少時の鷹野そっくりなキャラ(声優も同じ)が、雛見沢症候群や山狗やH173などを「馬鹿みたいそんなの正式なミステリーじゃない~」と貶し、ひぐらしからのファンがショック状態。
 それにひぐらしやって無くてうみねこやってた人にとって最悪のネタバレでもある。
 入江が「山狗」と発言した時点で、症候群と特殊部隊と薬物が確定してひぐらし終了。

→「正式なミステリー」が本格ミステリやミステリを指すのであれば事実だし、『ひぐらし』からのファンには既知の話題だからショックを受けるまでもない。
 『ひぐらし』を未プレイの人にはネタバレではあるが、『ひぐらし』を読むまで僅かなそのくだりを覚えているかどうか確実ではない。それに覚えていても「綿流し編」のトリックや、ホワイダニットの謎を目的に読むことが可能。

■ミステリの探偵をヱリカという登場人物を通して揶揄する態度と、その程度の低さ。
 しかもひぐらしをミステリーじゃないと叩いた人間をモデルにしたようなキャラ。
 そんなヱリカを作品の中で倒して自分を肯定するってどんだけ幼稚なんだ。

→ヱリカが探偵小説の探偵役を戯画化・揶揄したものであるのは確かだが、それ以外の点は曲解だろう。その論を認めるならば、「貴方は作者を批判することで自分が偉い人間になったかのような気分になっている」と言われても反論は難しい。

■登場人物の口を借りた、竜騎士の自己擁護と批判者批判、恨み節ばかり。
 作者が自己優位性を確立するためにつくった、作者の性格がにじみでた作品となっている。

→ひょっとしたら貴方は前作で非常に不愉快な思いをしたのかもしれない。それには同情するが、自分の言葉がそのまま自分の発言に当てはまるところはないか、自己を省みることをお勧めする。

うみねこep6で指摘された問題点

ミステリー関連

■「ここまでは全部創作の作り話で文章上の出来事です」
これによって今までの物語、全ての信憑性が崩壊してしまった

→EP1の時点で創作の可能性は明確に提示されているので崩壊などしない。

シナリオ(物語)関連

■トリックのために登場人物を動かすので、登場人物の動機が理解不能

→想定外の探偵役が犯人となった段階で下位世界は混沌としてしまう。

■今までを全部創作にしたため、人物描写が空中浮揚

→下位世界が創作である可能性はEP1の時点で提示されている。1986年10月4日から5日まで以外の部分が創作かどうかは明確ではない。

■竜騎士の頭がロジックエラーしてるから登場人物が無能に見える

→貴方の頭がロジックエラーしているから無能に見える可能性もあるぞ。物事は多角的に検討してみよう。

■魔女の不在を証明する役がいつの間にか魔女の仕事に

→必然性があれば問題ない。もちろん、最後まで必然性が描写されなければ批判の対象になる。

■また作中の登場人物の口を使って読者批判

→作者が読者に喧嘩を売っていると解する自分自身が短絡的思考に陥っていないか、落ち着いて検討してみては如何だろうか。まあ、確かに八城の発言は、作者の本心ではないとしても曲解されかねないリスキーな表現ではあるので、わざわざ地雷を踏みに行く作者は趣味が悪いと思う。

■また新キャラか!

→作者は孤島ミステリーなのにキャラクターが増えていくというおかしさを重視しているのだろう。わざわざ自分で絵を描く手間を増やすほどの価値をそこに見出しているわけだ。それが成功しているとは言わないが。

うみねこ全体を通しての批判(暫定)

■中身が無いのに文章の水増しが多すぎて、だれる

→どの部分を指して水増しと言ってるかどうかは分からないが、紙媒体の小説やゲーム媒体の外注シナリオとは違って文章量でギャラ(本人の金銭的利益)が決まるものではないし、文章量の多さを売りにした作品でもないので水増しする意味がない。個人的な感想だが、文章よりもむしろつまらない魔法演出(シュワーン、ガキンガキン、ビュシューン)が多すぎてだれていると思う。

■作中の登場人物の口を使っての読者批判が不愉快

→前述のとおり。

■竜騎士の文章力がないから読んでいて、苦痛

→確かに一流の文筆家と認識されている人ほど文章力があるとは言えない。しかしこのレベルを苦痛と言っていると、2ch なんかに書かれた文章など読むに堪えないはずだが……。

■結論からすると物語として、つまらない

→つまらないかどうかは個人の受け取り方なので自由。批判というよりただの感想。

■内容のない話を、演出術やいらぬ例え話で引き伸ばしているのだが、今回はまさにその総決算ともいえる酷さ。
話としては第一の晩で終り、あとはほとんど全部カップル妄想話、カップル好きな人以外は本当にうんざり。
こんな水増し話を面白いと自画自賛とか普通の感性ではできない。

→好き嫌いで断じる前に、カップル話が多いということはそのシークエンスが作品としてよっぽど重要な意味を持つという可能性を検討して読解するべきだろう。

■朱志香のひぐらし目、裏お茶会の猫の目が話題にならないという、ひぐらし演出の不発、もはやひぐらし演出で
どうかなるというレベルではない。

→「作者がひぐらし演出でどうにかしたかった」と貴方が判断した根拠は何だろうか。

■フェザリーヌが答え合わせをせよなどと言っているが、すでに竜騎士がインタビューで答えを出したくないと言っているので、
手遅れ。まともな人は答えが出ないと聞いて去っていった。ひぐらしも答えが出ない部分が多数あったので、
うみねこで残った人も答えが完全に出るとは思っていない。よってゲームになっていない。竜騎士の単なる自己満足。

→作者がインタビューで語ったのは、「ギリギリまで答えを出したくない」ということであり、「全く答えを出したくない」と言ったわけではない。
答えが完全に出るとは思っていない人が居るとゲームになっていないというのは訳の分からない理屈だ。
それに、まともな人は答えが出ないと聞いて去っていったのだとすると、去らずにエピソードの続きを読んでは的外れな批判をしている人もまともな人ではないだろう。

竜騎士理論と一般的に用いられる語句や概念との相違について

→悪魔の証明、ヘンペルのカラス、後期クイーン問題、シュレディンガーの猫といった言葉について、作者が誤解しているか、あるいは意図的に誤用しているのは事実である。ただしそれが作品内において作劇上矛盾なく存在しているならば問題ない。詐術の一種とかで。単純ミスの場合でも、作品の瑕疵ではあるが物語を根本的に損なうものではない。しかしながら、正直に言って下読み担当者が気づくべきところではある。

| コメント(2) | トラックバック(0)

『うみねこのなく頃に』シリーズ第7話の感想などを。
犯人はヤス。

今回のエピソードは作者が今までとは雰囲気が異なる、最も解答的なものと事前に言っていたとおり、明確に既存のエピソードとは異なる。
再び1986年10月4日の六軒島で殺人事件が起き、その事件について問答を行うというものではない。
今回のゲームマスター、ベルンカステルから最初に与えられる課題は、「誰がベアトリーチェを殺したか」というものである。
この謎に挑む役柄として、『ヴァン=ダインの二十則』をモチーフにしたキャラクターが招聘される。
彼は六軒島で執り行われているベアトリーチェの葬儀に赴き、参列者である右代宮家関係者から六軒島での殺人事件前の出来事について聞き取りを行う。
その右代宮家関係者の回想、証言が作中のほとんどを占める。

つまらなくて単調な魔法演出が少なくなっているせいもあるだろうが、随分読みやすかった。
しかしその反面、物語展開のメリハリ、盛り上がりがこれまでのエピソードに比べると乏しい。
読み終わったとき、「あれっ、もう終わりか……」というようなスッキリしない感じが残る。
読了に必要な時間も8時間程度で短かったように思う。

EP1-EP4で提示された個々の犯行についての解答は、プレイヤーを煙に巻くような曖昧なものであった。
この点について不満を表明する意見がネット上に散見されるが、私にとっては想定内のことだったからそれほど不満はない。
もちろん探偵小説のように逐一筋道の立った解答が展開されれば親切だしスッキリするが、それで物語が冗長になる恐れを考えれば納得できる。
作者の意向として、自分なりに答えを持っている人に優先的に答えが分かるように書きたい、答えをそのものずばり明示するのではなく読者が自分で導きだせるような表現をしたい、といったことをインタビュー記事で予め知っていたのも不満の少ない理由である。

あとは最終作のEP8において、残された謎を回収しつつ物語として破綻のないよう結末を迎えてくれることを望むばかりだ。

さて、ここでネット上でよく見かけるバッシングについて反論しておきたいと思う。

大前提として、『うみねこのなく頃に』は本格ミステリだとか、狭い意味でのミステリだとか自称したことはないということを理解しておかなければならない。
宣伝文句にも作中にもそのような記述は一つたりとも存在しない。
どちらかといえば、アンチミステリを標榜していると言った方がいいかもしれない。

「解答に必要な情報は出題編で全て読者に明かされ、回答は論理的に一つに限定されるように作られていなければならない」というのも、本作が本格ミステリあるいは狭い意味でのミステリであるという誤った前提に基づく誤った指摘である。
EP1の段階で語り手に全幅の信頼がおけるかどうか不明な物語であることが示唆されているし、EP2で非現実的な描写が頻出する以上、本格ミステリの暗黙のルール「地の文に虚偽を書くな」に反していることは明白だ。
さらに、作中で明確に要求されるのは「人間が犯行可能であることを一つの殺人についてでもいいから矛盾なく主張せよ」ということである。
「一撃必中を狙うのではなく、仮説を機関銃のように浴びせろ」という趣旨の記述も、一意に求まる解答の可能性を間接的に否定している。
推理という単語が使われているからといって、必ずしもミステリとして厳密な意味での推理を指すものではない。
仮定に仮定を重ねたような妄想、思いつきのような説であっても、矛盾がなく作中に手がかりさえあれば許される余地がある。
要するに、本作は作者が独自に設定した変則ルールでの戦いなのだ。

言い換えると、本作への批判の中には、前提を理解せずに思い込みで行われていたり、記述を読み飛ばしていたりするものが含まれている。
中には作品を実際に読まずに便乗して行われているものがあるのではないだろうか。

ただ、上記のような意見が出ると、「こいつは作品を無謬の聖典のように扱う信者だ」というように極論、曲解に出る者が現れかねない。
困ったものだ。

| コメント(0) | トラックバック(0)

EP7 を読み終えたので、整理のために年表を作成。
ネタバレ(犯人を含む)なのでプレイ済の人のみ閲覧を推奨。
なお、作成者の解釈が含まれるため正確ではない可能性があること、今後のストーリー展開により変更がなされる可能性があることを予めお断りしておく。

| コメント(2) | トラックバック(0)

EP7 発売前に参考のためまとめておいた。
赤字を回避するだけなら「紗音=嘉音=ベアト説」を使わなくても簡単です。
物語の一貫性を保つためには何らかの捻じれた設定が必要だろうけど。

当然のことながらネタバレしまくりなので注意。

| コメント(0) | トラックバック(0)

SEGA THE BEST サクラ大戦3 ~巴里は燃えているか~
SEGA THE BEST サクラ大戦3 ~巴里は燃えているか~

サクラ大戦3~巴里は燃えているか~(Windows 版)
サクラ大戦3~巴里は燃えているか~(Windows 版)

『サクラ大戦3 〜巴里は燃えているか〜』はその名のとおり「サクラ大戦」シリーズの3作目で、2001年にドリームキャスト用ソフトとして発売された。
2005年にはプレイステーション2用に移植されている。
Windows 版も販売されているが、私がプレイしたのは近所で手に入れたプレイステーション2版。

ストーリー

今作も前作と引き続いて主人公は大神一郎で、時代も前作のすぐ後。
ただし舞台は東京ではなく、フランスの巴里(パリ)。
「帝国華撃団」で2度に渡って東京を救った功績を買われて、巴里に設立されていた「巴里華撃団」の隊長として大神が招聘された(日本海軍としては留学名目の派遣)という設定である。
「巴里華撃団」も「帝国華撃団」同様に偽装目的の副業を持っており、ムーラン・ルージュのようなキャバレー「 Les Chattes Noires 」(作中ではシャノワールと呼称)を運営している。
平時の隊員は踊り子として勤務しているが、有事の際は光武(霊力で動くモビルスーツみたいなもん)で敵と戦う。
敵はパリの先住民族パリシィの霊だか怨念だかが生んだ怪人である。

詳しいところは今となってはよく覚えてないが、後半に強大な敵が出てきたところで凱旋門が変形して兵器になったのには笑わせてもらった。

ゲームシステム

作中の各エピソードがアドベンチャーパートと戦闘パートに分かれていて、アドベンチャーパートで隊員の信頼度を上げつつストーリーが進行、戦闘パートでシミュレーション RPG 風に戦う。
信頼度が上がったキャラクターはそのエピソード内に限り、戦闘パートでのパラメータも上がって強くなる。
そして蓄積された信頼度の上位三名の隊員から副隊長を選び、その隊員と恋仲になってエンディングを迎える。
(今作に限って言えば主人公は隊員たちをフランスに残して日本に帰ってしまうので、恋仲というよりは現地妻を作るようなもんだが……。)

変更点としては戦闘パートが 3D化されていて、範囲攻撃が可能になった。
また、各ユニットの行動システムも改変された。
具体的に言うと、各ユニットに行動ゲージがあって、その行動ゲージ内なら1ターンで複数回行動が可能になった。
そして「風林火山」の各作戦ごとに各行動のゲージ消費量が変化するという仕組みになった。
戦闘マップ内からはマス目が撤廃され、移動の自由度が増している。

私はシリーズのうち本作までの3作品しかプレイしたことがないが、本作の戦闘が一番楽しかった。

アドベンチャーパートの方でも、選択肢を選ぶ際にゲージを上下させる仕組みが新たに追加されてたような覚えがある。

キャラクター

いわゆるギャルゲーに当たるジャンルの作品なのでヒロインキャラの魅力は重要である。
舞台が巴里に移ったため、ヒロインも総入れ替えになった。
人数は5人なので第一作・第二作よりも少ない。
前作までの隊員が日本人だけでないのと同様、本作の隊員もフランス人だけではない。
本作のヒロインキャラは以下の通り。

  • エリカ:フランス人(メインヒロイン・アホの子担当)
  • グリシーヌ:ノルマン系フランス人(ツンデレ貴族担当)
  • コクリコ:ベトナム人(ロリ担当)
  • ロベリア:ロマ(大人の女担当)
  • 花火:日本人(大和撫子担当)

個人的には「3」までの三作の中でも最も好感のもてるキャラクター揃いである。
メインヒロインがギャグ要員というのは珍しい。
ロリ担当のコクリコが一番の常識人というのもよかった。
ファンには申し訳ないが、私はアイリス(前作までのロリ担当)を鬱陶しく思うタイプなので。

声優陣は平均年齢30代後半(発売当時)くらいのベテラン揃いなのでおっさん世代にもありがたい。
ヒロイン5人中3人が『らんま1/2』の主要キャラだし、敵役も入れれば天道3姉妹が全員出演していることになる。
しかしメインヒロインが日高のり子なため、イナズマキックを出したり努力と根性で敵を瞬殺するような気がしないでもなかった。
注目はロベリア役の井上喜久子女史。
洋画の吹き替え以外では脱力系天然ボケのお姉さん役が多いが、本作では悪党声での出演。
ファン歴20年の私でも一瞬本人と分からなかったくらい珍しいタイプの声色である。
さすが業界で長く生き残っているだけあって演技の幅が広い。
実年齢17歳を自称している頭のおかしいオバ……お姉さんと舐めてはいけません。
ちなみに本作と同様の声は『ひぐらしのなく頃に』の園崎茜役でも聞ける。

まあ声優は抜きにしても、ロベリアはギャルゲーでは珍しく男に媚びない破天荒なキャラクターなので新鮮かつ魅力的だった。

グラフィック・音楽

「1」と「2」は Windows 版でプレイしたので画質の向上云々は分からないが、キャラクターの立ち絵の描画範囲が画面全体まで大きくなったので臨場感が増した気がする。

そしてオープニングムービー部分のクオリティが異常に高い。
オープニングだけで億単位の金がかかっているという噂を読んだことがあるけど、いくら枚数が多くて CG を多用しているとはいえさすがにそれは怪しいと思う。
(参考として、 TV アニメの1話(23分)あたりの製作費は安くて700万円くらい、多くて4,000万円くらい)
でも確実に金をかけているわけで、当時のセガの看板タイトルだけあって力の入れようが見て取れる。
オープニングテーマ曲は「檄!帝国華撃団」ほどキャッチーではないが、戦闘中にインストで流れるとなかなか盛り上がる。
さすが田中公平。

オープニングには及ばないが、作中で挿入されるプリレンダリングの CG ムービーも秀逸だった。

総評

シリーズ最高傑作というファンの声も納得の出来。
しかしシリーズを通しての欠点だが、分岐エンディングを採用しているにも関わらず周回プレイが非常に面倒くさい。
既読メッセージのスキップが無いし、アドベンチャーパート部分でマップをウロウロしなければならず、戦闘も時間がかかる。
エンディングまで20時間程度とはいえ、面倒くささのおかげで私は今まで各作品1人分しかエンディングまでプレイしたことがない。
周回プレイを初めから諦めるか、「隊員は全員俺の嫁」と愛にあふれてプレイできるのであれば大過なく楽しめると思われる。

シリーズをプレイしたことがない人でもストーリーが分からなくなることはないが、前作までのキャラクターがゲスト出演してメインストーリーに絡んでくるので、前作までをプレイしておいた方が一層楽しめることは間違いない。

おまけ

大討論! サクラ3オープニング

オープニングに書かれているフランス語字幕を抽出・翻訳した記事。
あの字幕は見ればわかる通り、字が潰れてたり一瞬しか表示されなかったりブラックレターで読みにくかったりするから私はすぐに読むのを諦めたけど、解読した熱心なファンの力はすごい。

おまけ2

| コメント(0) | トラックバック(0)
22 juillet 2010

『ゼノギアス』

ゼノギアス PS one Books
ゼノギアス PS one Books

今年2010年6月に発売された Wii 用の RPG 『ゼノブレイド』。
その作品の企画・脚本・総監督を務めた高橋哲哉がスクウェア(現:スクウェアエニックス)勤務時代に手掛けたのが『ゼノギアス』である。
1998年発売のプレイステーション用 RPG。

90万本を売り上げたヒット作で、今なおリメイクを望むファンの声が絶えない一方、信者がうるさい作品として揶揄されることもある。
その評判の真偽を確認させてもらった。

ストーリー

ゲームを始めると、「我はアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。」という有名な聖書の一節が表示されるとともに、セルアニメーションによるオープニングムービーが流れる。
宇宙を航行中の巨大艦船で緊急事態が発生。
艦体の制御システムが急速に乗っ取られようとしていて、乗組員たちは艦橋で必死の対処を行っている。
しかし試みた手段はどれも効果がない。
艦長は総員退艦を指示。
マクロスのように民間人が多数艦内に居るらしく、群衆は避難船へ殺到する。
しかし艦体の武装管制を乗っ取られたために避難船は撃墜され、艦体内部から巨大なケーブルが生物のように外装を突き破り始める。
一人艦橋に残った艦長は自沈を敢行。
艦は傍にあった惑星に墜落していく。
そして海岸で、バラバラになった艦体の一部を背に、一人の女が立ちあがる。
何故か全裸で傷一つないその女は、別の艦体片によるものであろう流星を静かに眺めていた……。

といったところで、本編開始。
このゲームの世界は、「キスレブ」と「アヴェ」という二つの国家が大陸を二分している。
二国は長い間戦争を続けていて、もはや何が戦争の原因だったのか分からないくらい。
その戦争を変えたのが、遺跡から発掘された人型兵器「ギア」だった。
このギアというのは、モビルスーツとかヴァルキリーとかパトレイバーみたいな、人間が乗り込んで戦うもの。
過去の文明の優れた科学で作られた品々を、両国は競って遺跡から発掘。
それらを解析・運用していった。
なお、この遺物の管理・分配は「教会」(作中でもカギカッコつき)が行っている。
領内に遺跡が多く存在するキスレブ側がアヴェを圧倒し始めるが、アヴェ側に「ゲブラー」と名乗る謎の組織が協力。
ゲブラーの進んだ科学力と軍事力により、戦局は五分五分に戻った。
そんな背景が文章であっさりと説明され、脳味噌が辛くなったところで物語は主人公に移る。

戦争とは無縁なアヴェ辺境の村。
剣と魔法の世界の RPG の村といった感じで、電気も自動車もなさそうなところである。
そこに住む、主人公の青年、フェイ。
彼には3年以上前の記憶がない。
3年前、謎の男が村を訪れ、重傷を負い記憶を失った状態の彼を村長に託していったのだった。
村人とすっかり馴染んでいる彼は、友人の結婚式を明日に控えて、村の近所の山に住む変わり者の医師、シタンのところへカメラを借りに行く。
その帰り道、村がキスレブのギア部隊の襲撃を受けるのを目撃する。
シタンとともに村へ急行すると、村は火の海であった。
フェイは放棄されたキスレブのギアのコックピットに少年が搭乗しているのを見る。
少年は幻だったのか、そのままフェイはギアに乗り込み、キスレブ軍と戦おうとする。
シタンは何か事情を知っているのか、フェイを制止しようとするが聞き入れてもらえない。
そんなところへ、避難していた友人が弟を探してのこのこと村へ戻ってくるが、フェイはキスレブ軍に阻まれ助けることができない。
友人が殺されたそのとき、フェイの心の中で過去のフラッシュバックとともに何かが発動、村と村人を巻き込みながらキスレブ軍を一瞬のうちに壊滅させてしまう。

生き残った村人たちに人殺し呼ばわりされて居場所を失ったフェイは、村を出て当てのない旅をすることになった。
そして彼は、世界とこの惑星の歴史の真実、自分の過去を知ることになる……。

序盤の展開だけ見てもなかなかややこしいが、この作品の肝であり見どころは複雑な世界設定である。
よく分からない用語が序盤から逐次登場し、プレイヤーを困惑させる。
聖書を主な元ネタとしつつ、どこかの SF 作品(小説・映画)で見たことのあるような種々のモチーフに心理学や精神分析あたりのネタも織り交ぜて、壮大な SF ストーリーが構成されている。
と言うと、時代的に同時期のヒット作品『新世紀エヴァンゲリオン』が思い起こされるわけだが、エヴァンゲリオンのように伏線を投げっぱなしで終わることはない。
このあたりが『ゼノギアス』の根強いファンの支持を獲得した一因だと思われる。
と言っても、小説やマンガと違って読み返して伏線を確認することが困難な RPG では「ストーリーが難解」と評価されても仕方がないところ。
ませた中学生もしくは高校生以上のプレイヤー向きだろう。

『ゼノギアス』のストーリーを簡単に言ってしまえば、一つの神話体系であり、神によって仕組まれた運命の呪縛を断ち切り、人間が自立を果たす物語である。

ゲームシステム

話をゲームシステムに移そう。
基本的にキャラクターは2D、背景はポリゴンで描写されている。
初代プレイステーションなだけに、今から見ると映像は荒い。
SF は高画質な描写が映えるジャンルだから、リメイクの声が強いのもうなずけるところだ。
(ただ、ドット絵ゆえに問題にならないグロテスクな描写や性描写がわずかに存在するため、そのまま高画質化は無理だろうとも思われる。)

キャラクターの操作ではジャンプができるのだが、これが曲者。
ダンジョンでの移動では、ジャンプして足場を上っていたり、足場から足場へ飛び乗ったりしなくてはならない局面がある。
だが距離感が掴みづらいため、操作は難しめ。
アナログスティックに対応していないのも少々辛い。
このマイナス点が噴出するのが「バベルタワー」というダンジョンで、プレイヤーの語り草になっている。
私もバベルタワーで何回も操作ミスをしてしまい、「一体このゲームはいつの間に『 ICO 』になったんだ!」と心中で叫び、ゲームデザイナーに殺意が湧いた。
プレイヤーに試練を与えるのは結構なのだが、バベルタワーの過剰なアクション性はバランスを欠いている。
本作の戦闘は基本的にランダムエンカウントシステムなのだが、「ジャンプしようとしたら戦闘が始まってしまう」ということもよくあり、プレイヤーをイラつかせる一因にもなっている。
RPG に属する作品ではあるが、少なくとも、スーパーマリオの1面をクリアできない程アクションゲームが苦手な人や、手指の動きに機能障害のある人はクリアできないと思っておいた方がいい。

戦闘

戦闘システムは、ターン制。
そしてストーリーに応じて、生身で戦う局面と、ギアに搭乗して戦う局面がある。
生身の場合、1ターンにつき、各キャラクターに AP という点が割り当てられていて、「□ボタン:小攻撃:AP1消費」「△ボタン:中攻撃:AP2消費」「○ボタン:大攻撃:AP3消費」となっている。
そしてAPの範囲内で攻撃を連続して繰り出すことが可能である。
戦闘中の各ボタン攻撃の使用回数(厳密に言うと攻撃のモーションを見た回数)は逐次プログラムに記憶されおり、レベルに応じて特定のボタンを押す順番による必殺技を習得する。
対戦格闘ゲームの影響が強いシステムといえるが、格闘ゲームとは違って操作に時間制限はなく、自分のペースで操作できる。
ギアの場合は AP はなく、いわゆる MP (マジックポイント)のように機体の燃料を消費して攻撃する形になり、必殺技の発動できる条件も変わるのだが、詳述は割愛する。
総じて言うと、生身時の通常攻撃アクションがちょっと長めなのが気になるが、なかなかテンポのよい戦闘が楽しめる良好なシステムである。

戦闘のゲームバランスは、雑魚戦は基本的にボタン連打で勝てるので易しい方だが、中には考えなしにボタンを連打していると全滅してしまったり、ダメージを与えられない敵がいるので、それなりに戦術の工夫は必要になってくる。
ギア戦では、生身のときほど気軽にダメージを回復することができないため、ダンジョン攻略とボス戦をギアで行う局面では苦しむことになる。
燃料もしかりで、ドラクエのリレミトのように途中でダンジョンから脱出することができないため、燃料切れでダンジョン途中で立ち往生してしまい、泣く泣くリセットしなくてはならないという最悪の状況もあり得る。
とはいえ、ことギア戦について言うと、装備と戦術を工夫すればラスボスすら楽勝で倒せてしまう面もあるので、良くも悪くもプレイヤー次第と言えよう。

前述のとおり、敵との遭遇はランダムエンカウントシステム。
エンカウント率が高めなのでイライラ度も高く、アクション要素のために無駄なキャラクター移動が多くなりがちなため、悪い相乗効果が働いてしまう。
シンボルエンカウントで話が進行するステージがあることを考えると、シンボルエンカウントに統一してほしかった。

Disc2

『ゼノギアス』で物議を醸しだしたのが Disc2 である。
本作は CD-ROM 2枚組の作品なのだが、Disc2 までストーリーが進むと、突然展開が早くなる。
さながら、予定話数よりも早く放送打ち切りが決定してしまい、物語の圧縮を迫られた連続ドラマのよう。
本来であればイベントやダンジョン攻略があるべきであろうところが、主人公やヒロインの独白によって説明されてしまうのだ。
イメージとしては、「△△が起こったので、俺たちは○○へ向かった。敵の軍勢を退けた先にいたのは、XXだった。」みたいな感じ。
そしてボス戦だけはプレイヤーが操作できる、と。
折角盛り上がるストーリー展開なのに、勿体ないなあ……という気分で次のパートへ移っていかざるを得ない。
しかしラスボス直前の世界、ラスボスのいるダンジョン、隠しダンジョンはしっかり作られているし、スケジュール的にはよりタイトであろうアニメーションムービーは、結末のシーンでも作られているので、尻切れトンボではない。
予算か納期の関係で事前の計画通りには完成できないことが早期に判明したので、途中を省略したのだろうか?
一説には、同時制作していたファイナルファンタジーシリーズの方に予算と人員を奪われたためとも言われているし、監督が脚本をなかなか完成させなかったためにプロジェクトが混乱してしまったとも言われている。
また、予定では古代文明の時代のシナリオが存在したがほぼ丸々カットされたという話もある。
しかし確固たる情報ソースがなく、ネット上の怪しい噂の域を出ない。
何はともあれ、このDisc2の構成は、ストーリーを破綻させるものではないが、作品としては未完成の印象を受けてしまう。
これもまた、完成版としてリメイクを求める声に繋がっているのだろう。
ただ、独白説明部分をクエストで置き換えたらプレイ時間が10時間から20時間くらい伸びてしまいそうな気もするので、結果的にはスムーズにエンディングへプレイヤーを誘導できたと言えなくもない。

ちなみに、Discの容量を見たところ合わせて750MBほどだったので、ハードウェア的な容量不足から内容がカットされたわけではないと思われる。


サウンド

シェパト防衛戦で流れる音楽は盛り上がりに大きく貢献していた。

キャラクターの声は基本的にアニメーションムービーと戦闘中の掛け声にしか存在しない。
折角実績のある声優陣を起用しているのに勿体ないが、それは大した問題ではない。
問題なのはアニメーションムービーの音声レベルが小さすぎて、アンプや TV 側のボリュームを上げないとセリフが聞き取れないこと。
テストプレイしたらすぐに気づくはずなのに……。

総評

万人向きではないし、不満点はそこそこにあるものの、全体としてはうまくまとまった良作。
英語版 Wikipedia の記事を読む限りでは、日本に続いて発売された北米でもかなり評価が高い。
今はゲームアーカイブスで600円で販売されているので、PS3かPSPで遊ぶことができる。
その値段を考えればお買い得。
クリアに必要なプレイ時間は60時間から100時間程度だと思われる。
アクション要素が難しめだし、ダンジョンでカメラ視点をグルグル回せることが迷いやすさに繋がっているので、人によってプレイ時間が大幅に変わるだろう。

とにもかくにも、本作の SF ストーリーを受け入れられるかどうかが、プレイヤーが抱く感想に直結していると思う。
ただし、SFマニアの原理主義的な人にとっては「あれはXXのパクリ、これは○○のパクリ」という反感を抱きやすいと思われるので、近づかない方が精神衛生上よい。

Web 上の評価の例

| コメント(0) | トラックバック(0)

来月には EP 7 が発表されるであろうというのに、今さら EP 6 の感想です。
『うみねこのなく頃に』って何ぞやという方は、過去記事を読むなり Wikipedia を読むなりして下さい。

EP5 で主人公の戦人が真相に気が付いたのを受けて、今回の EP6 では戦人がゲームマスター(出題者)になり、本当に真相に至ったのかどうか証明するため、探偵役の古戸ヱリカと戦うことになる。
つまり主人公が「犯人は魔女」説側に立って事件を作るということだ。
体験版である EP1 を読んだだけの人がこれを聞くと、「ぽかーん」と呆れてしまうかもしれないが、本当にそういう展開になっている。
とはいっても散々無能呼ばわりされてきた戦人だけに、逆に返り討ちに遭って苦しむことになって、物語としては盛り上がりと次回への引きがあるのだが。

『うみねこ』では「犯人の視点から過去のエピソードを見る」とか「探偵役がトリックと犯人を暴く」とかのような答え合わせ的なことはせず、推理・考察を重ねた人だけが分かるような書き方をする、と作者が語っていた覚えがある。
その通りで、犯人やトリック、碑文の謎も EP6では明かされていない。
その代り、作品の重要なカギの一つであろうところの部分が、暗喩的・象徴的に語られている。
例えば、この期に及んで現れた新キャラクターの「フルフル」と「ゼパル」。
これを受けて、これは「紗音=嘉音=ベアトリーチェ」が確定的なんじゃないか、と私なぞは思ったわけだが、ファンの間では未だに意見が分かれている。
それも結局、直接的に答えを明示しないという方針が原因だ。
そして「紗音=嘉音=ベアトリーチェ」と言ったところで、「紗音と嘉音のうちどちらが実体なのか」「変装なのか、多重人格なのか、共同幻想なのか」「事件にどれだけ関わっているのか」というところは確定できないから、まだまだ議論の余地がある。
だから、ファンは懲りずに未だにあーだこーだと語り合っているわけだ。

一つ素人から不平を言わせてもらうと、シナリオライターの竜騎士07氏の悪い癖なのだが、登場人物に自分の意見を直接言わせる、もしくは作者の意見だと誤解されるようなことを言わせるのはやめた方がいい。
脇が甘いというか、アンチに攻撃材料をみすみす渡すようなものだ。
でもこれが治らんということは、竜騎士07氏の周囲にそれについてダメ出しをする人がいないのだろう。
厳しい編集者によって小説家は鍛えられるというような話を聞くけど、作者が自分の好きなようなものを作るという同人作品ではそれは望むべきではないのかもしれない。
そうはいっても、制作規模としては最早ちょっとした小企業の作品なみに肥大しているからなあ……。

更に、些末で下らないツッコミを一つ。
新キャラクターの一人「フェザリーヌ・アウグストゥス・アウローラ」って、ゲルマンとフランスとラテンのごちゃ混ぜでは?
それはさておいても、女なんだから「アウグスタ」だと思う。
まあ、『ひぐらしのなく頃に』の羽入をもじって feather + in として、口癖の「あうあう」に因んだ言葉を拾ってきただけなんだろうけど。

| コメント(0) | トラックバック(0)

ブルードラゴン Xbox 360 プラチナコレクション
ブルードラゴン Xbox 360 プラチナコレクション


『ブルードラゴン』は2006年に発売された Xbox360 用の RPG。
『ファイナルファンタジー』シリーズを手掛けた坂口博信が監督・脚本を務め、『ドラゴンクエスト』シリーズを手掛けた鳥山明がキャラクターデザインを務めるということで、話題を集めていた覚えがある。
Xbox360 本体とのパック販売も行われて、本体の販売台数を伸ばすことに貢献したはずだ。
その本体同梱版のゲームディスクが中古で500円という捨て値で売られていたので、買ってプレイしてみた。

作品の舞台は、高度に発達した機械文明がはるか昔に滅び、中世程度のレベルまで復興した世界。
主人公の少年が住む村では、年に一度、紫色の雲とともに現れる「地鮫」という怪物の襲来に悩まされていた。
そしてまた地鮫が現れたある日、主人公とその幼馴染の少年少女の3人は、共同して地鮫の捕獲に挑む。
罠によって捕獲に成功したと思いきや、彼らは地鮫に引きずられて古代文明の遺跡まで迷い込んでしまう。
そこで彼らは、地鮫の正体が機械であることを知る。
さらに地鮫は、3人を謎の空中要塞へと連れて行った。
その要塞の主は、ネネという謎の老人であった。
自らの楽しみのために地鮫を操って村を襲っていたというネネに主人公は立ち向かうが、ネネの魔法の力の前にあっさり敗北。
要塞から放り出されるものの、不思議な力で要塞の中に舞い戻る。
そして3人の前に光の玉が現れ、謎の女性の声がその玉を飲めと語る。
警備ロボットに囲まれ窮した3人は、光の玉を飲み込んだ。
すると彼らの影が竜や牛の姿を取り、ロボットを撃退する。
飛行機械を奪って要塞を脱出した3人は、村から遠く離れた場所に不時着。
村への帰還を目指し、「魔法の影」でモンスターを倒しつつ旅をしてゆく。
先々で目にするのは、ネネのせいで苦しむ人々の姿だった……。

そんな感じで物語が進んでゆく。

『ドラクエ3』ばりに簡素なタイトル画面からゲームを始めてみると、非常に細やかなグラフィックに感心した。
鳥山明のデザインのキャラクターが、『トイ・ストーリー』っぽい感じの CG で動いている。
さすが、金をかけて Xbox360 のマシンパワーを活用してるなと思わされる。
ただ、戦闘中は負荷がかかりすぎているのか、カクカクっと FPS が落ちているような感じがすることがよくあった。

戦闘はシンボルエンカウントで始まるのだが、直接シンボルにぶつかる以外に、ボタンを押して主人公の周りに円を表示して、円内の複数の敵をまとめて戦うか、個別に戦うか選ぶことができる。
まとめて戦った場合は戦闘中にステータスが上がるボーナスがあるし、敵の組み合わせによっては敵同士で潰しあいをしてくれる時がある。

本人に代わって戦う魔法の影には他の RPG で言うところの「職」があり、育成するとスキルを覚えていく。
しかし「転職」はいつでも自由で、魔法攻撃もできる剣士みたいな影とか、魔法攻撃も回復魔法も両方使える影とかを育成することもできる。
キャラ本人が自分の肉体で戦うわけではないので、「女の子キャラだから直接攻撃系は不向き」なんてことがないのは目新しかった。

魔法を使ったり力貯め攻撃をしたりするときには画面にゲージが現れて、どれくらい力を貯めるかプレイヤーが選べる。
そのゲージには敵味方のアイコンが表示され、どれくらい貯めたらそれぞれの行動の前後に行動できるかがわかるようになっている。
普通の戦闘画面でも敵味方それぞれの行動順がアイコンで表示されているので、「先にターンが回ってくる敵から先に攻撃してノーダメージで戦闘を終わらせよう」といった風に作戦を立てることができる。
残念なのは、敵味方それぞれ行動がいちいちアニメーション表示されるので、少し待たされること。
それでも『ドラクエ8』よりはマシだが。
戦闘の音楽がボーカル入りのロック調なのは新鮮だった。

主人公たちが中学生くらいの少年少女で、鳥山明デザインということもあって、低年齢層向けという雰囲気があるが、「そうび」「かいふく」といった風にコマンド名が平仮名だったり、会話の漢字に振り仮名をつけるかどうか設定できたりするのでその印象は間違っていない。
ストーリーもそこそこに教育的な感じ。
逆に年齢の高いプレイヤーは物足りなさを覚えることだろう。
「ドラクエ」同様の定番的な RPG を Xbox360 で発売して、キラータイトルにしよう、という意図が伝わってくる無難な作りだ。
グロや流血はないし、性表現はコロコロコミックレベルだし、子供にも安心して与えられるという点では悪くない作品だと思う。
ボリュームが結構あるので、廉価版や中古の価格を考えれば払ったお金の分は十分遊べる。

最も売れているハードウェアで発売するという方針からすればあり得ない仮定ではあるが、この作品のグラフィックのクオリティと戦闘システムを使って『ドラゴンクエスト』シリーズが製作されれば、Xbox360 や PS3 のマシンパワーについて一般人に与えるインパクトは大きいものがあるだろう。

本作の不満をあと一つ指摘するなら、DVD 3枚組なこと。
Xbox 360 はディスクの回転音がうるさいので本体 HDD にインストールしてプレイしたのだが、私の Xbox360 は初代で HDD 容量が小さいので、ディスク交換時期が来る度にいちいちディスクイメージを削除しては新しいのをインストールするのが面倒だった。
PS3 のように blu-ray Disc なら1枚で収まっただろうに。
CD-ROM 何枚組かで発売されていた初代プレイステーションや昔の PC ゲーム の時代をちょっと思い出してしまった。

| コメント(0) | トラックバック(0)

俺の屍を越えてゆけ PS one Books
俺の屍を越えてゆけ PS one Books

岸部一徳が好きだ。
彼のはまり役といえば、『俺の屍を越えてゆけ』の CF であろう。

そのタイトルと相まって、インパクトのある CF だった。

『俺の屍を越えてゆけ』は1999年に発売されたプレイステーション用 RPG。
ゲームデザインと脚本は、『リンダキューブ』と同じく桝田省治である。
となれば、ありきたりな RPG であるはずがない。

ゲームの舞台は平安時代の日本。
鬼たちが京の都を荒らしまわっていた。
時の帝は鬼の頭目である朱点童子討伐のため、根城の大江山に兵を差し向けるものの、朱点童子の前に到達することなく兵は壊滅してしまう。
そんな折、一組の夫婦が朱点童子討伐に向かい、ついに朱点童子と対決を果たした。
しかし二人は朱点童子の前に破れてしまう。
一人残された彼らの子には、2つの呪いがかけられた。
1つは、長くても2年しか生きられないという呪い。
(同時に、常人より異常に早く成長し、早く老化する。)
もう1つは、人間と交わって子を作ることができないという呪いである。
そこへ天界の最高神、大照天昼子が救いの手を差し伸べる。
天界の神々と交わることで子を作り、朱点童子を倒せというのだ。
こうして「打倒・朱点童子」を悲願とした一族の戦いが始まることになる。

呪いのおかげで、プレイヤーキャラクターの一族は子々孫々に至るまで、2年以内に必ず死んでしまう。
一度死んでしまえば、生き返らせることは不可能である。
例えば『ドラクエ』であれば、いくらプレイヤーが間抜けでも、スライムを100万回も倒せば必ず強くなるだろう。
しかし本作では、そういったことは不可能。
レベルが上がりきる前に死ぬか、成長の限界が来て成長が止まってしまう。
ではどうすればよいか。
戦闘に勝利すると、「戦勝点」(一般的な RPG で言うところの経験値)を獲得することができるが、同じ値が「奉納点」としても蓄積される。
この「奉納点」を消費して神々と交わる(交神)ことで、より優れた遺伝子を備えた子供を作る。
優れた遺伝子を備えた子供は、もともとの能力が高いし、レベルアップしたとき能力が伸びやすい。
こうして代を重ねてゆき、より強いキャラクターを生み出すのだ。
ありていに言えば、人間版『ダビスタ』である。

(例:http://img01.kitaguni.tv/usr/ch11566/09_05_02-3.jpg

2年以内に死ぬ、という制約を表現するために、まず作中では「出撃」(討伐に出る)と「交神」は月に1度しかできない。
討伐に出るのは、京の周囲にあるいくつかのダンジョンであり、これも行けるのは月に一か所だけ。
そしてダンジョン内を移動したり、戦闘をしたりしていると時間がどんどん過ぎていく。
戦闘が長引くと、その分経過時間も多くなる仕組みになっているので、無駄な戦闘は避け、戦闘を行う際は最少手で敵を倒すことが求められる。
1か月が経過すると、そのままもう1か月消費して討伐を続けるか、京に帰還するかを選ばなければならない。

ここで重要なのは、各キャラクターにある「健康度」というパラメーターである。
移動時間を節約するためにXボタンを押しながら移動すると走ることができるのだが、走ると体力(HPに同じ)がどんどん減っていく。
体力が減った状態で走ると、健康度が下がっていく。
健康度が下がると、いわゆる HP や攻撃力、防御力もそれに応じて下がってしまう。
健康度が大幅に下がると、京に帰還した際、寿命が残っていても若くして死んでしまうことがある。
また、戦闘が終わったときに敵のダメージで体力が大幅に下がっていると、健康度も下がってしまう。
従って、できる限り体力が満タン近くである状態を保たなければならない。

武器や防具は京で購入するか、敵を倒したときにランダムで手に入れることになる。
お金はアイテム同様、敵を倒したときにランダムで手に入れるか、ダンジョンの宝箱から手に入れるのが主である。
そうして獲得したお金を京の町に投資すると、京の町が段階的に復興してより強力な武器や防具が販売されるようになる。

こうして、戦闘を重ねて奉納点とお金を獲得し、より強力な武器や防具を手に入れつつ、より強力な神と交わって子孫を生み出していくというのがゲームの流れとなる。

ダンジョンの奥に行くほど強い敵がいるわけだが、漫然と移動しているだけでは時間が足らず、1か月のうちに最深部に到達することすら難しい。
したがって、雑魚敵相手であっても、それなりに頭を使いながらプレイする必要がある。
おかげで常に緊張感を保ってプレイでき、飽きづらいのが素晴らしい。

一般の RPG で魔法に相当する「術」はレベルアップで自動で覚えるのではなく、特定の敵がランダムで落とすことのある術書を持ち帰ることで、一族のキャラクターが習得できるようになる。
場合によっては最終ボスを倒す段階でも、覚えたことのない術があるという状況もあり得る。
しかし、大抵は同等の効力のあるアイテムで補うことができるので、必ずしも術を全て覚える必要はない。
ただ、携帯できるアイテム数が最大30個なので、アイテム数の節約のためには術をたくさん覚えている方が有利ではある。

また、攻撃系の術は「重ねがけ」により、一層強力な術として活用できる。
他の RPG と比べると補助系の術の使い勝手がよく、補助系の術をいかに上手く使うかが攻略のポイントでもある。

敵の落とすアイテムの中にはレアアイテムも多くあるほか、ある条件を満たして特定の敵を倒すと交神できるようになる神も存在している。
全ての術、アイテムの収集や神の解放はとても手間がかかるが、一つの作品を遊びつくしたいという人にはよいだろう。
さらにゲームの難易度をプレイヤーが選ぶことができ、難易度を変更することで一層長くプレイすることができる。
出撃中でなければいつでも変更が可能というのも珍しい特徴である。

さすがにプレイステーション用のソフトだけあって、今から見ればグラフィックは貧弱ではあるものの、ゲームシステムの巧妙さがそれを十二分にカバーしている。
残念なのは、アナログスティックに対応しておらず、ダンジョンでの移動操作が少しやりづらいこと。
そして、シンボルエンカウントの当たり判定が広めなこと。
敵に背後から当たろうとしたら敵の脇を通ってしまい、逆に背後を取られたと判定されたり、敵の脇をすり抜けて戦闘を回避しようとしたら戦闘が始まってしまったり、ということが多々あり、イライラさせられることがあった。

『リンダキューブ アゲイン』同様、10年以上前の作品だが、今プレイしても面白い。
ゲームアーカイブスでダウンロードすれば、PS3またはPSPでプレイ可能。
お値段は600円。
『リンダキューブ アゲイン』とセットでおすすめしたい一品である。

| コメント(0) | トラックバック(0)

リンダキューブ アゲイン PlayStation the Best
リンダキューブ アゲイン PlayStation the Best


先だって紹介した『ティアーズ・トゥ・ティアラ 花冠の大地』は、魔王が物語の主人公というシミュレーション RPG だった。
今回紹介する『リンダキューブ アゲイン』は、一層風変わりな RPG だ。

もともと『リンダキューブ』として1995年に PC エンジン用ソフトとして発売された作品である。
当時、PC エンジンユーザーとして、雑誌「 PC エンジンファン 」で発売予定リストにその名前だけを見たことはある。
キャラクターのイラストだけ見て「SF 風のサイキックなアドベンチャーゲームみたいなもんか」と勝手に思い込んでいた。
私が実際にゲームに触れたのは、プレイステーションへの移植版『リンダキューブ アゲイン』になってから。
しかもゲームアーカイブスに収録されてからだから、2年ほど前ということになる。
プレイしてみると、かつて抱いていた印象は裏切られた。
もちろん、いい意味で。

作品の舞台は、ネオ・ケニアと呼ばれる惑星である。
8年後、ネオ・ケニアには巨大隕石が落ちてきて、生物が死滅してしまうことが分かっている。
官民一体の脱出プロジェクトが進む中、神様(?)が箱舟型の宇宙船を地上に下した。
この宇宙船にできる限り多くの種類の動物を、オス・メス一つがいずつ収めて脱出せよ、というのだ。
レンジャー部隊の隊員として働く主人公の少年ケンは、幼馴染の少女リンダとともに人間代表として立候補し、動物集めに乗り出すことになる。

この設定から分かるように、主人公は世界を救えない。
世界は必ず滅亡する。
そして魔王のような、主人公が倒すべき明確なボスもいない。

本作にはA・B・C・Dの4つのシナリオが収められていて、ゲーム開始時にどのシナリオを進めるかプレイヤーが選ぶ形になっている。
(最初に選べるのはD以外。)
それぞれのシナリオは登場人物や世界観は共通だが、展開が異なっている。
例えば、あるシナリオではラスボスとして敵対する人物が、別のシナリオでは序盤で死んでしまうというような具合である。
また、シナリオクリアに必要な動物の数や、プレイ可能な年数も異なっている。

そう、舞台設定にある通り、ゲーム自体に時間制限がある。
フィールドを移動したり、動物と戦闘をしたり、野宿したり、宿に泊まったりするとゲーム中の時間が経過してゆく。
主人公が戦闘を通じて経験値を貯めて一定のレベルに上がったり、特定の時間が経過したりすると、イベントが発生して物語が進む。
時間が進むにつれて、惑星の住民は他の惑星に移住していくので、街はどんどんゴーストタウン化する。

ゲームの第一目標は、敵を倒すことではなく、動物を集めることである。
動物と戦って、 HP がゼロにほど近くなる程度にダメージを与えると動物を捕えることができる。
動物の HP を遥かにオーバーしてしまうと、動物は肉片として飛び散ってしまい、捕獲できない。
そして動物を捕獲すると経験値を獲得できるが、お金は獲得できない。
(RPG 世界では異端だがリアル世界のことを考えれば当然ではある。)
しかし動物は箱舟に収める以外に、主人公たちの装備品やアイテムの材料にもなる。
捕獲した動物を加工し、より強力な武器を作ってより強い動物に挑む。
あるいは、主人公たちのレベルが上がって攻撃力が強くなりすぎてしまったら、わざと弱い武器を装備して捕獲に挑む。
余剰となった装備品やアイテムを売ってお金に換える、という具合でプレイを進めることになる。
「単純に敵を倒せばよし」という従来の RPG への反抗心が伺える。
動物を集めるという点では後の「ポケットモンスター」シリーズに通じるものがあるし、動物と戦って装備品を作るという点では、「モンスターハンター」シリーズに通じるものがある。
発売当時としては、かなり斬新なシステムだったのではないか。

だが、ひねくれているのはゲームシステムだけではない。
動物は「ネコ」とか「イヌ」とか一般的によく知られた名前のものが登場するのだが、大抵のものはデザインが似ても似つかないほどグロテスク。
敵役となる連中にしたって、狂的・変態的な性格ばかり。
挿入されるアニメムービーには猟奇的な表現が目立つ。
主人公とヒロインが恋人同士という状態の場合、野宿すると「若い男女がテントで2人きりなら必ずやるであろうこと」をほのめかす表現が現れることもある。
総じて「大人向け」な味付けがなされていて、これが本作の魅力の一つになっている。

もともとが PC エンジンのソフトなだけに、グラフィック面では3D 表現はなく、あっさりしたドット絵で表現されているものの、簡素な分だけサクサクと操作できる。
動物との戦闘はシンボルエンカウントなので、目的の動物と戦うのが比較的容易というのも快適なプレイに繋がっている。
(準リアルタイム制だからランダムエンカウントだと時間制限システムに馴染まないという理由でシンボルエンカウントなのだろう。)

古さを勘案しても、十分面白い作品。
「世界を支配しようとする悪を、剣と魔法で倒すのには飽きた」という人にはうってつけだ。
ゲームアーカイブスのPS3・PSP用なら600円で遊べる。
非常にお買い得である。

攻略
| コメント(0) | トラックバック(0)

ティアーズ・トゥ・ティアラ -花冠の大地- アクアプライス2800
ティアーズ・トゥ・ティアラ -花冠の大地- アクアプライス2800

知人同士で立ち上げた零細アダルトゲーム会社が、ここまで来たかと思った。
アクアプラスの PS3 参入第一弾ソフト、『ティアーズ・トゥ・ティアラ 花冠の大地』のことである。
PS2 では『ToHeart2』とか『うたわれるもの』とかをリリースしていたけど、開発が困難だとか多額の開発費がかかると噂される PS3 に参入してくるとは、チャレンジ精神の豊かな会社だと思う。

『ティアーズ・トゥ・ティアラ』自体は元々 PC 用のシミュレーション RPG で、性描写があるためいわゆる18禁ソフトだった。
『花冠の大地』はコンシューマソフトなので当然のことながら全年齢対象。
PC 版をプレイしていないので確認していないが、主要キャラクターやおおまかなストーリー、基本的な戦闘システム以外は作り直しているらしい。
つまり、フルリメイクである。
発売は2008年。

| コメント(0) | トラックバック(0)


動画ファイルを整理していたら、昔録画した TV 番組に、『ドラゴンクエストVIII』の CM が入っているのを見つけた。
つまり、2004年の TV 番組。
もう5年以上前のことなんだなあ。
しかし、実を言うと私がクリアしてからは何年も経っていない。
いつ買ったのかはもう忘れてしまったのだけど、最初にプレイヤーに倒すべき仇敵として提示されるボスを倒したところで中断して、ずっと放置してた。
で、大分経ってから再開してクリアーした。

鳥山明デザインのキャラクターがそのまま3D化されて街を闊歩していたり、フィールドでの移動もリアルサイズのまま行われたりするところは、ドラクエも随分進化したな、と思わされた。
ドラクエの世界、広い世界を冒険している、という気にさせてくれる。
戦闘もグラフィックやアクションが細やかになったのはいい。
だけど相変わらずのコマンド入力とターン制のままなので、退屈でイライラさせられた。
アクションが増えた分、「戦闘経過をただ見ているだけ」の時間が増えたために戦闘が間延びしてしまったのだ。
素早いボタン操作が苦手な人や手に障害を持っている人には優しい設計なのだけど、アクション性の高い戦闘モードを備えた他作品を経験してしまうと、まどろっこしく感じる。
ランダムエンカウントもイライラの原因のひとつだ。
フィールド画面が現実的になった分、画面に見えてないのにモンスターと戦闘に入ってしまうのは違和感がある。
ランダムエンカウントって、画面に敵を表示させるだけのマシンスペックがない時代の遺物だろうに。

プレイヤーの間口が広くて、丁寧な作りでゲームバランスもほどほど、大きく外れることのない安心感。
それが『ドラゴンクエスト』というシリーズの商品価値なのだろう。
でも私には合わなくなってしまった。
もし『III』が『VIII』のスタイルでリメイクされたら、懐かしさついでに我慢してプレイするかもしれないけど、戦闘の設計が根本的に変わらないと新作はプレイする気が起きない。
というわけで、『IX』はシンボルエンカウント化されたらしいとはいえ、未プレイのままです。

アルティメット ヒッツ ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君


| コメント(4) | トラックバック(0)

プロ野球シーズン到来ですが。

2009年度シーズンでの西岡剛への批判行動、バレンタイン監督解任に伴う球団への抗議行動がきっかけで千葉ロッテマリーンズ応援団「 MVP 」が解散したらしく、応援歌に大分変更が加えられたようです。

既存の応援歌も合いの手やプレイヤー名だけのものから歌詞がついて、1990年代に先祖がえりした感じ。

特筆すべきは神戸拓光の応援歌で、Dropkick Muphys の「 For Boston 」(デリック・メイ→マット・フランコ→神戸拓光)に代わり、同人ゲーム『東方』シリーズから「 U.N.オーエンは彼女なのか? 」が採用されました。応援歌だけにオーエン歌ってことですか。ニコニコ動画でアレンジ曲が多数投稿されている有名な曲だけに、球場で撮影された動画がニコニコ動画に投稿されるや22万ヒットしていました。

千葉ロッテマリーンズ 神戸拓光 UNオーエンは彼女なのか? 東方

【東方紅魔郷】U.N.オーエンは彼女なのか?【原曲】

ニコニコ動画で人気のゲーム『アイドルマスター』からも一曲採用。ヒットが出た時に演奏される曲が、『アイドルマスター SP』より「キラメキラリ」。

千葉ロッテマリーンズ ヒットテーマ2

アイドルマスターSP キラメキラリ

ゲーム音楽からプロ野球応援歌に転用というと、吉田剛(近鉄バファローズ)の「スカイキッド」がよく知られているところですが、マリーンズでも諸積兼司の「スペランカー」やヴァル・パスクチの「リブルラブル」で既に実績があります。

その他、新応援歌は下記を参照のこと。


| コメント(6) | トラックバック(0)

記事執筆現在、TV でアニメが放送されている『うみねこのなく頃に』の原作シリーズ最新作が、『うみねこのなく頃に散 Episode 5 End of the golden witch』。

前作『ひぐらしのなく頃に』シリーズは出題編にあたる全4編が『ひぐらしのなく頃に』、解答編にあたる全4編が『ひぐらしのなく頃に解』という題名でリリースされた。
で、『うみねこのなく頃に』シリーズの場合、第1編から第4編までが『うみねこのなく頃に』で、第5編から『うみねこのなく頃に散』となったようだ。
気をつけたいのは、『散』が解答編とは明言されていないこと。
実際、第4編までの作中で作品の一部の謎について種明かしをやっていることもあって、出題編と解答編の区別が明確ではない。
シリーズが後半に入りましたよ、という作り手側からのメッセージ程度に捉えておけばよさそうだ。

| コメント(0) | トラックバック(0)
22 septembre 2009

聖地巡礼 大和国編

8月にふらっと旧大塔村、十津川村、御杖村を訪ねてみた。
国道168号線の「道の駅大塔」の駐車場で一夜を過ごし、夜明け後南下する。
「道の駅大塔」のあたりまでは道路の改良が進んで片側1車線が設けられているが、勾配を下ってダム湖が現れるあたりから、離合に注意が必要な狭隘路になる。
いわゆる酷道という奴だ。
観光名所の「谷瀬の吊橋」は、広い十津川村の北の方に位置している。
観光客用の駐車場は有料。
辺りには自動車の交通整理用の警備員が何人も居たが、その人件費を駐車料金から捻出しているのだろうか。


| コメント(2) | トラックバック(0)
17 juin 2009

近況

3週間くらい休みなしだし、毎日午前様だしで生命力を削る日々です。
そんな中、制作に協力していた『うみねこのなく頃に』英訳パッチの episode 4 を含む出題編完全版が翻訳チーム THE WITCH HUNT からリリースされました。
ついに日本語版原作のリリースに追いついたということで、快挙といえましょう。
『ひぐらしのなく頃に』の翻訳チームからも翻訳のセカンドオピニオンの依頼が来ましたが、さすがに全部チェックするのは無理……誰か時間のある人は手伝ってあげてください。

で、原作者を応援するために世界各地の自分が住んでいる町のモニュメントと『うみねこのなく頃に』のパッケージを撮影して原作者に贈ろう、という企画が翻訳チームで行われまして、私も参加しました。
忙しすぎて夜の写真しか撮れませんでしたが。

Worldlegend.jpg (893 KB)

個人的には太陽の塔の方が好きなのですが、撮影する暇もないし、建ってるのは吹田市だしで通天閣を選択。
とりあえず私が判るのは、翻訳主幹 chronotrig さんが Los Angels で、グラフィックと編集担当の Klashikari (クラシュ光)さんが Brussels ということです。

| コメント(1) | トラックバック(0)

戦場のヴァルキュリア PLATSTATION 3 the Best
戦場のヴァルキュリア PLATSTATION 3 the Best

2009年の正月は SEGA の PLAYSTATION3 用ゲームソフト『戦場のヴァルキュリア』をプレイして過ごした。

本作は架空のヨーロッパの架空の第二次世界大戦を題材にしており、シミュレーション RPG とリアルタイム3Dアクションを融合させたような構成になっている。

いろいろ説明する前に、先に PV を観た方がわかりやすいと思う。


| コメント(8) | トラックバック(0)

先月『ひぐらしのなく頃に』の「鬼隠し編」英訳パッチをプレイしてみたところ、いくつか誤りを見つけたので訳者に連絡した。
現在修正とエンドクレジットロールの翻訳に取り組んでいる模様。
エンドクレジットロールのテストプレイヤーは、私でも読み方がわからない人名がいくつかあるので、訳者は作者の竜騎士07氏に連絡を取って尋ねようとしているみたい。
なお、翻訳の事後承諾を求めるメールを送ったら、多忙な竜騎士07氏に代わって web 担当の BT 氏から応援メッセージを貰ったらしい。
(実際のところ、製作元の 07th Expansion は翻訳も二次創作と見なし、個別の許可は要らないし公認も出さないようだが。)
で、テストプレイヤーの読み方を教えてもらえれば、修正版英訳パッチが出ることになるそうだ。
07th expansion 側も読み方を知らないだろうし、テストプレイヤーの連絡先を教えてくれることはないと思うけど……。

日本人しか読まないであろうこの blog では、ほとんど意味のない情報だなあ。

ちなみに『うみねこのなく頃に』の英訳パッチは、EP4 の三分の一の部分翻訳版が今日か明日あたりリリース予定とのこと。

| コメント(0) | トラックバック(0)

YouTube なんかの外国の動画投稿サイトで、日本製のアニメ作品に英語やスペイン語の字幕が付けられたものがよくアップロードされている。
これらは必ずしも公式の外国語版ではない。
有志のファンが勝手に字幕を作成したものもあり、そういうものは「 fansub 」と呼ばれている。
公式の外国語版が発売されていなくても、現地の国家がベルヌ条約や万国著作権条約に加盟していれば fansub の公開流通は違法だと思われるのだが、公式の外国語版が発売されるまでは権利者に黙認されているのが現状らしい。

一方、日本製のノベルゲームを有志のファンが勝手に日本語に翻訳するという試みも存在する。
PC 用のゲームソフトであれば、家庭用ゲームソフトとは違って、日本語版を入手してデータを書き換えれば外国語化できる。
とはいえノベルゲームは翻訳を行うべき分量が多いからだろう、完成に至ったプロジェクトというのは少数派だ。
(ノベルゲームのシナリオのボリュームは少なくとも文庫本二冊か三冊分くらいは覚悟する必要があり、四冊か五冊分くらいあるものも珍しくない。)

そんななか、白眉なのが『うみねこのなく頃に』の英語化プロジェクトだ。
2009年1月現在、日本語の原作は4作目までリリースされているが、英語版は3作目まで翻訳が完了している。
英語化プロジェクトチームは作品にちなんで「 THE WITCH HUNT 」(魔女狩り)と名乗っているが、実は EP4 本編で、劇中の謎に挑む海外のオカルト・マニアが「ウィッチハンター」を自称しているという描写がある。
英語化プロジェクトチームが原作者から受け取ったというメールによると、原作者から彼らに対するリスペクトなのだという。
(メールは彼らのウェブサイト「 Witch Hunt Translation Project 」に掲載されている。)
無断翻訳を咎めることなく、賞賛して自作のネタに取り込むとは、同人ソフト製作者ならではの対応だ。

| コメント(0) | トラックバック(0)

サスペンスとミステリーとファンタジーがごちゃまぜの論戦を扱ったサウンドノベル『うみねこのなく頃に』シリーズも早4作目。
売り文句が正しければ、今作で出題編が終了ということになる。
『 EP4 Alliance of the golden witch 』には『ひぐらしのなく頃に』同様EP1からEP3までが同梱されていて、「出題編が終わったら買おう」という人が多かったのか、各地で売り切れになっていたらしい。
大阪日本橋の店舗では、委託発売開始日(12月30日頃)に行ったら行列もなく在庫もいっぱいあったのだが……。
ちなみに今回はパッケージが 07th expansion の作品では初めてトールケース( DVD のケースで一般的なもの )になっていて、パッケージのイラストも竜騎士07ではなく江草天仁が手がけているなど大きく刷新されている。
お値段も2625円と少々高くなっているが、4話収録で読破に30時間から40時間くらいかかるし、文庫4冊分程度のボリュームであることを考えれば悪くない。

EP4 では、従来描かれてきた1986年の孤島での富豪一族連続殺人に加えて、現場に居合わせず難を逃れた主人公の妹の1986年以降(主に1998年)の視点から数多く描写がなされている。

以下、ネタバレ注意。

| コメント(0) | トラックバック(0)

以下は『トラスティベル ~ショパンの夢~』のストーリー解釈。
やたらと抽象的なストーリーなので整理してみた。
結末のネタバレなので注意。
検証したり台詞を引用するために再プレイするのは面倒なので、記憶と Wikipedia に載っていた粗筋を基に、無責任に書いています。
誤解、曲解が含まれていたら皆々様の夢の中で修正を。

| コメント(0) | トラックバック(0)

トラスティベル ~ショパンの夢~ トラスティベル ~ショパンの夢~ Xbox 360 プラチナコレクション

Xbox 360 初のアニメ調 3D RPG、ということでヒットを見込んで大量に仕入れたら、大量に売れ残ってしまったのだろうか。2007年6月の発売から3ヵ月後、Amazon.co.jp にて半値以下で投売りされていた哀れなゲームソフトが、この『トラスティベル ~ショパンの夢~』である。ちなみに現在(2008年11月)の Amazon.co.jp での売値は普通の価格に戻っている。

発売元はバンダイナムコゲームスだが、制作はトライクレッシェンド。トライクレッシェンドは元々コンピュータ・ゲーム中の音楽制作の下請けを主に手がけてきた会社で、本作は初の自社作品だという。音楽制作会社らしく、本作では音楽をモチーフにした物語が展開される。

| コメント(0) | トラックバック(0)

CROSS CHANNEL クロスチャンネル ~To all people~ 通常版

ノベル型アドベンチャーゲーム『 CROSS†CHANNEL 』を自己言及的メタフィクションとして解釈してみる。
ネタバレなので、プレイしていない人は読まない方がいいかもしれません。

| コメント(1) | トラックバック(0)

雑誌連載版『 serial experiments lain 』

lain‐安倍吉俊画集 yoshitoshi ABe lain illustrations

アニメ雑誌の「 AX 」にTV アニメの放送に先駆けて1998年の3月から連載が始まり、同年11月に連載が終了した企画。キャラクター原案や『 lain 』各商品のパッケージイラストを手がけたイラストレーター安倍吉俊がイラストを担当し、アニメ版の脚本家小中千昭がテキストを担当。アニメ版の世界観を伝えると共に、PS 版との橋渡し的な意図も込められている。

安倍吉俊のイラストは精密な描写とアニメチックでない重厚な色彩感覚が素晴らしい。私の個人的なお気に入りは、アニメ版本編で描写が簡略化された紅茶のシーン。最終回で孤独になった玲音が、幻想の中で父の幻影(=神?)に紅茶とマドレーヌを振舞われ、その優しさに嬉し涙を流し、現実世界への愛情を見出す。記憶を巡る物語である Marcel Proust の『 A la recherche du temps perdu 』に対するベタベタなオマージュである。

1998年に出版された公式画集『 an omnipresence in wired 』と2005年に出版されたその復刻版『 yoshitoshi ABe lain illustrations 』に収録されている。

安倍吉俊の絵に魅せられたなら、彼自身が原作・キャラクターデザイン・脚本を務めたアニメーション作品『灰羽連盟』(2002年)をオススメする。2007年に廉価版 DVD-BOX が発売されて、入手しやすくなった。生と死の狭間の世界に、人でも天使でもない「灰羽」という存在として生まれ変わった少女たち。そんな彼女たちの出会いと別れを描いた、珠玉の物語だ。

灰羽連盟 TV-BOX

10年経って

この10年でも PC やネットワークの構造、ユーザーインターフェースなんかは根本的な変化がないので、10年前の作品といっても SF 描写に古びた感じが全然しない。目に付くのは CRT モニタやアクセラの設定(ベース・クロックが 100MHz )くらいのものだ。逆に、小中学生が電子メールやネットワークゲームを日常的に利用しているという設定は、1998年当時としては新鮮味があっただろうが、現在では SF ではない日常の風景と化している。CG の活用も、現在の製作環境では物珍しくない。

作風でいうと、アニメの世界では虚実の境界を曖昧に、という点やメタフィクション的演出では今敏の仕事が思い浮かぶ。コンピュータ・ネットワークに宿る幻想をモチーフにしている物語だと、PC ゲームの『最果てのイマ』あたりだろうか(未プレイなので噂話程度にしか知らない)。

PS 版『 lain 』と同様のシステムを持ったゲーム作品は聞かない。サスペンスやホラーといったジャンルには親和性の高いシステムだと思うが、ゲーム性が低い上にマルチエンディングによるボリュームの増大ができないので追随できないのかもしれない。ノベル型作品だが、『ひぐらしのなく頃に』の TIPS システムや「カケラつむぎ」のように、情報の断片化と統合という面で演出の一環として補助的に使用している例はある。

| コメント(0) | トラックバック(0)

PS 版『 serial experiments lain 』

serial experiments lain

TV アニメ版『 serial experiments lain 』の首都圏での放送が終了した1998年11月、プレイステーション( PS )用ゲームソフト『 serial experiments lain 』が発売された。ただしゲーム版の企画・シナリオにも参加している小中千昭によれば、PS 版の製作は TV アニメ版よりも先行して着手されており、TV アニメ版が製作されるかどうかは確定的でなかったという。

TV アニメ版とゲーム版で題名は同じ。岩倉玲音という名の少女が登場し、彼女を清水香里が演じているのも同じだが、玲音以外の TV アニメ版の登場人物はほとんど登場しない。一つのシークエンスとして明確に描写される物語も存在しない。

そもそもこの作品がゲームソフトなのか、という疑義も存在する。インタラクティブ・コンテンツと言うべきかもしれないが、ノベル型アドベンチャーゲームがゲームと呼べるなら、この作品もゲームなのだろう。版元のパイオニア LDC は本作のジャンルを「アタッチメント・ソフトウェア」と称しており、同種の名称が冠されたソフトウェア作品に同社の『 Noël 』シリーズがある(但しゲームシステムもテーマもかなり異なる)。

プレイヤーが自分の名前を入力してゲームを始めると、縦の円筒状の空間に、数百個のデータの断片が配置されている。プレイヤーが架空のオペレーション・システムを操って、コンピュータ・ネットワーク上のデータを再生(プレイ)する、という設定だ。データの再生の順序は任意だが、特定のデータが再生済みでないと再生できなかったり、本作を結末まで何度かプレイしないと再生できなかったりする。プレイ状況次第で新たに出現するデータもある。説明書によれば、円柱の下層ほど過去に近く、上層ほど現在に近いデータであるとされている(しかしそれが正しいかどうかは保証の限りではない)。何も操作せずに放置していると再生されるデータというものも20種類ほど存在する(これがまた、トラウマになりそうなほど不気味だ)。

それらのデータの内容とは、主に次のようなものである。

  • 女子小学生(のち中学生)である岩倉玲音の日記(音声のみ)
  • 研究所の新人女性研究員で精神科医である米良柊子の日記(音声のみ)
  • 玲音と柊子のカウンセリングにおける会話(音声のみ)
  • カウンセリング結果レポート(音声のみ)
  • アニメーション動画(TV アニメ版とは内容や画風が異なる)

その他、システムのアップデートプログラム、柊子と玲音の友人の会話(音声のみ)や警察の捜査記録(音声のみ)、記者会見の記録(音声のみ)といったものがある。

プレイヤーがゲーム内でできるのは、セーブやゲームの終了といったメタ操作を除けば、データの断片を再生していくこと、ただそれだけ。自ずと作品の全体像の把握が目標となるだろう。

上記でしつこく「音声のみ」と書いているように、この作品では一般的なアドベンチャーゲームとは違って会話や叙述は文章として表示されることがない。プレイヤーが内容を理解しようと思えば、音声をスキップすることなく耳を傾けざるを得ない。

だが、プレイヤーが内容を理解しようとデータの断片を記憶・整理・再生すればするほど、細部が明瞭になっていくのに反して全体像が曖昧になっていく。当初はプレイヤーはこう思うはずだ――幻覚・幻聴に悩む内気な少女が、何かの研究所でカウンセリング療法を受けている、と。しかし少女はハッキングと精神医学の知識をメキメキと身につけ、逆にカウンセラーの精神はどんどん脆くなっていく。カウンセリング結果レポートは二人の音声が交錯するようになり、カウンセラーが少女の治療を行っているのか、少女がカウンセラーの治療を行っているのか判然としなくなる。二人の日記の記述と会話の内容に矛盾が生じ始め、虚実が入り混じる。二人の日記に登場する人物は果たして実在したのか? アニメ版と同様に、客観的な正しさは存在しない。あらゆる結論はプレイヤーに委ねられている。

特定のデータを再生すると、再生したことのあるアニメ動画が1本に連結されて再生される。そして玲音の最後の行動を記録したアニメ動画が続き、本作は一応の結末を迎える。条件が満たされていれば、画面に玲音の顔が浮かび上がり、プレイヤーの名前を呼んで語りかけてくる。その言葉と、アニメ動画での玲音の行動を重ね合わせれば、こう考えることができるだろう――玲音はプレイヤーの脳内にダウンロードされ、プレイヤーの記憶として存在し続けるのだと。「記憶とは記録に過ぎず、自我とは記録されたデータの集積の一側面に過ぎない」という論理がそこにはある。データとしてフラット化した玲音は、もはや物事の虚実や自我の同一性・単一性に悩まされることがない。

重要なのは、アニメを視聴する場合とは違って、ゲームでは「プレイヤーによる操作」という能動的かつ積極的な行動が求められていることである。だからこそ、プレイヤーはより作品世界に接近し、境界を侵犯し、作品世界に結合する。あたかも、神秘主義の宗教のように。プレイヤーの精神の安定は揺さぶられ、単調な BGM がそれを加速させる。それゆえに「精神を病むゲーム」とも称される。

本作に物語があるのだとすれば、それはプレイヤーが参画し、データの断片からプレイヤー自身の意識の中に作り上げた物語だ。物語の主人公は玲音ではなく、プレイヤー自身である。小説でも映画でも表現できない、コンピュータ・ソフトウェアでのみ実現できる物語だ。

残念なことに、本作は TV アニメ版とは違ってもはや中古市場でしか流通していない。私が何年も前に入手したときは、5800円の新品定価に対し、中古ソフト店で8000円程度の価格がつけられていたと思うが、今や概ね1万円から2万円程度の範囲内で取引されているようだ。版元がゲームソフト事業から撤退しているのと、CERO による倫理審査前に発売された作品で現在の倫理審査をパスできるのか不明瞭なことから、PlayStationStore によるダウンロード販売も望み薄である。

ロシアの『 lain 』ファンサイトに CD-ROM のイメージファイルらしきものがアップロードされているようだが、権利者の許諾を得ているかどうかは極めて怪しい。なお、正規にイメージ化した ROM は PS エミュレータ「 ePSXe 」では動作させることができなかったが、「 XEBRA 」では動作した。本作の動画・音声データはデータ形式が特殊らしく、「 PSxMC 」では未だにリッピングできない。

参考リンク

[game]PS版 serial experiments lain
http://materia.jp/blog/20051107.html#p02
悪夢のダウンロード~「serial experiments lain」がプレイヤーに与えるもの
http://homepage1.nifty.com/sawaduki/game/sawa/lain.html

| コメント(0) | トラックバック(0)

そういえば、『 serial experiments lain 』が世に出てから今年は10周年にあたる。

『 serial experiments lain 』とは何かというと、TV アニメ・ゲームソフト・雑誌連載を連動させたメディアミックス企画で、その名の通り「連続」( serial )的で「実験」( experiments )的な作品だ。

その内容を敢えてジャンル分けするなら、近未来 SF とサイコサスペンスとファンタジーの混合物とでも言おうか。

作中に登場する企業ロゴをこのサイトのアイコンに使わせてもらってるほど好きな作品で、DVD (北米版を含む)や音楽 CD 、公式画集やシナリオ本といった関連商品を買いあさったものだ。10周年という節目に語ることは私にとって最低限の義務かもしれない。

『 lain 』のテキストや脚本を手がけた小中千昭によると、企画が動き出したのは1996年の末頃のこと。その前年には阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件が起き、TV アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の放送が始まった。1996年は『エヴァンゲリオン』の放送が終了し、マスコミを巻き込んで「エヴァ・ブーム」が起ころうとしていた。閉塞的な雰囲気が漂っていた社会状況で生まれたそれらの事件から、精神世界への関心が高まりを見せていた。その一方で、携帯電話、 PC、Internet 、マルチメディアゲーム機といった情報機器が急速に普及し始めていた。そんな時代だからこそ『 lain 』の企画が生まれ、商業展開に至ったと思われる。

情報技術の発達に伴う社会と個人のボーダーレス化、経済のグローバル化という時代の変化をなぞるように、あるいは変化を予告するかのように、『 lain 』は「境界の破壊と結合」という実験を行った。

TV アニメ『 serial experiments lain 』

serial experiments lain TV-BOX

TV アニメ版の『 serial experiments lain 』は1998年の夏から秋にかけて深夜に放送された(私の住んでいた大阪では放送が翌年にずれ込んでいたと思う)。

1998年というのは、『エヴァンゲリオン』のヒットを受けてアニメブームが起き、 TV アニメ作品のビジネスモデルが大きく変わり始めた年だ。ロボットアニメや魔女っ子アニメのように、おもちゃ会社が作品に関連して制作するおもちゃの売上げによってアニメ作品の製作資金を回収するのではなく、作品を収録したビデオテープや DVD の売上げを中心としてアニメ作品の製作資金を回収する。それと併せて作品のマンガ化やゲーム化、グッズ化を進め利益を得る。マンガ作品やゲーム作品がアニメ制作の出発点であることも多い。そのために放送権料が安い深夜の時間帯にアニメ作品を TV 放送し、一連のコンテンツを宣伝するのだ。深夜放送ゆえの表現規制の緩さもあいまって、性表現、暴力表現、難解な物語性、難解な映像表現などを有したマニア向けの作品が多く作られるようになる。同時に、マンガ作品のアニメ化が安易に展開され、アニメ作品の粗製濫造が進んでいく。TV アニメ版の『 lain 』は、現在に至るまで続くその流れの初期に生まれた作品である。

物語の舞台は、コンピュータ・ネットワークによる情報流通が発達した近未来の東京。しかし現代の東京と比べても大して変わりはない。自動車が空を飛ぶこともないし、人間そっくりのロボットが現れることもない。この作品の世界では、コンピュータ・ネットワークは「インターネット」ではなく「ワイヤード」と呼ばれ、ネットワーク端末は「パソコン」でも「ケータイ」でもなく「 NAVI 」(ナビ)と呼ばれている。

主人公は岩倉玲音(いわくら れいん)という名の私立中学2年生の少女。年齢に反して子供っぽく、内気な性格をしている。人間関係が乏しく、ほとんど友人がいない。そんな彼女と同じ学年で顔見知りの少女、千砂(ちさ)が飛び降り自殺を遂げるところから物語は始まる。死んだはずの千砂から学校の生徒に電子メールが届き始め、ついに玲音の下にも届く。そのメールの内容は、「自分は肉体を捨てただけで生きている。ここには神様がいる」というものだった。関心を抱いた玲音は、父親に新しい NAVI をせがむ。時を同じくして、玲音は日常生活の中で幻聴や幻覚を体験し始める。

玲音の友人たちは、遊びに出かけた渋谷のクラブ「サイベリア」で、玲音に似ているが性格がまるで違う人物を目撃したと玲音に語る。友人たちにサイベリアに呼び出された玲音は、ドラッグを摂取した少年による銃撃事件に遭遇する。少年は玲音の姿を見て怯え出し、「何故自分にこんなことをさせるのか。ワイヤードはリアル・ワールドに干渉してはならない」と玲音に向かって叫ぶ。玲音は突然人格が豹変し、「どこにいたって、人は繋がっているのよ」と言い放つ。その直後、少年は銃で自殺を遂げる。

警察に保護される玲音だったが、家族の反応は奇妙なものであった。父親に与えられた最新型の NAVI を使い、玲音はワイヤードへのアクセスを深めていく。何者かから NAVI の性能を飛躍的に向上させる部品を与えられ、NAVI を改造してワイヤードを縦横無尽に巡る。ワイヤード内での玲音は、内気な少女ではなくサイベリアの玲音のように攻撃的な性格をしている。

一方、世間ではネットワークゲームのプレイ経験がある少年が少女に追われて自殺したり、追いかけてきた少女を殺害したりする事件が起こっていた。玲音の姉、美香(みか)は自動車が往来する渋谷の路上に立ち尽くす玲音の姿や、街頭の TV 画面に玲音の顔が現れるのを目撃する。玲音は雲間から現れた玲音の幻影を崇める子供たちの姿を目撃する。岩倉家の前には謎の黒服の男たちが現れ、玲音の監視を始めている。美香の前に「預言を実行せよ」というメッセージが現れ、時制の異なる二人の美香が邂逅し、美香は自我を失う。数々の事件には、謎のハッカー集団「ナイツ」の関与がほのめかされる。部屋いっぱいに改造と拡張を重ねた NAVI で玲音はワイヤードにアクセスし、事件の真相を追う。

物語の時制は曖昧になり、一人の人間としての玲音の同一性も曖昧になっていく。画面に現れる映像は現実なのか、玲音の精神世界なのか、ワイヤード内の仮想現実なのか。新たに人格の異なる玲音が現れ、友人たちや学校の生徒たちが抱える秘密をワイヤードに暴露したことで玲音は孤立する。玲音の家族はその虚構性を露わにして崩壊する。玲音の前にワイヤードの「神」を名乗る男、英利(えいり)の幻影が現れ、事件の真相や玲音の正体について語るが、その内容が事実かどうかすら定かではない。

ワイヤードと現実世界と玲音の意識が混濁するうち、玲音は現実世界を自分の都合のいいように改変することを決意する。物語の始めから玲音を気遣い続けてきた友人、ありすに対して、「人格の異なる自分が行った罪をなかったことにする」と玲音は伝えた。そして世界は改変される。ありすだけが元の世界の記憶を保っていた。ありすは岩倉家にいる玲音を訪ねるが、玲音と英利の問答に巻き込まれ、放心してしまう。掛け替えのない友人の心を狂わせてしまったことを悔やんだ玲音は、ある決断を実行する。「記憶なんてただの記録。記録なんて書き換えてしまえばいい」と。

この物語では、『トロン』『ニューロマンサー』『マトリックス』といった SF 作品とは違い、「コンピュータ・ネットワークが現実世界を模倣している」のではなく、「現実世界こそがコンピュータ・ネットワークの模倣である」という可能性が示唆される。コンピュータ・ネットワークの情報が現実世界を侵食し、人々の認識と意識がコンピュータ・ネットワークのように結合される。「人間の記憶は記録に過ぎない」というドグマのもと、コンピュータに保存されたデータを書き換えるように、人々の記憶や歴史が書き換えられる。

演出面においても、作品と視聴者の分断を破り、視聴者を作品世界に接続しようという意図が端々に見られる。客観的な正しさが保証されない作品世界を前にして、視聴者は混乱を来たし、真相を求めて作品に接近せざるを得ない。視聴者が虚実の入り混じった作品世界に接することで、視聴者の玲音に対する認識は頻繁に書き換えられ、視聴者それぞれの「玲音」像が生まれる。あたかも作中内で表明される「玲音は遍在する」というドグマのように。最終話において、玲音は画面上にぼんやりと現れ、視聴者に語りかけるかのように、画面の外側へ自分の居場所と正体を問いかけてくる。その姿を見て、視聴者は玲音と自らが接続されていることを否応無く意識させられる。

本作の奇跡として、玲音を演じた清水香里のことも触れておきたい。清水香里は当時子役あがりの中学生で、玲音の存在感にひどく生々しさを感じさせる。その演技は初め棒読みスレスレに思えるが、実際には彼女は玲音の持つ多面性を演じ分けることに成功している。次回予告では物語の内容の説明はされず、清水香里のフェティッシュな実写映像が流され、本編での無機質な世界観と対比を成している。

1998年は TV アニメの製作現場にコンピュータが導入された端緒期にあたり、コンピュータ・ネットワークの世界という本作の題材もあいまって、CG やデジタル処理された映像が随所に用いられている。制作スタッフにコンピュータ・マニアが多くいたことから、コンピュータ・マニアな視聴者を惹きつける、先進的かつ混沌とした独特な感覚の映像表現が多用されている。

本作は第二回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞を受賞しているが、星雲賞は受賞していない。知名度の低さが災いしたのだろうか。

廉価版 DVD-BOX が現在でも販売されており、入手は容易。海外での人気も根強いようで、YouTube のような動画投稿サイトに本編が丸ごとアップロードされているのを見かける。ただし廉価版 DVD-BOX には次回予告や、「ウェザーブレイク」という画像(本放送時、次の番組が天気予報だったので橋渡し的な意味で放送された)が収録されていない。

| コメント(0) | トラックバック(0)

『 Memories Off #5 とぎれたフィルム 』の web での評価を探ってみると、評価が低くて意外だった。もちろん個々人の嗜好が作用して評価にバラつきが出るのはもっともなのだが、それにしても評価が低すぎないかと思う。

| コメント(0) | トラックバック(0)

SuperLite2000恋愛アドベンチャー Memories Off #5 とぎれたフィルム メモリーズオフ#5 とぎれたフィルム [恋愛ゲームセレクション]

過去に交際していた女性や現在交際している女性への未練が原因で、主人公がウジウジと悩むストーリーが特徴的なノベル型アドベンチャーゲーム「 Memories Off 」シリーズ。
その5作目が『 Memories Off #5 とぎれたフィルム 』。
2005年の作品である。
主人公の初期状態が、「彼女と死別」→「彼女はいるが関係が冷え気味」→「過去に理由も判らず彼女と別れた」→「突然彼女から別れを告げられる」という順番で進んできたこのシリーズ。
今度は「主人公が交際中の女性に別れを切り出す」パターンかと思いきや、違った。
なんと今作の主人公は、過去でも現在でも女性と交際しておらず、女性への未練で悩まない!
このシリーズでは画期的なパターンだ。
でも、やはり「 Memories Off 」の冠を頂いた作品だけあって、主人公はウジウジと悩む。
では何が原因で悩むのかというと、「過去の男」なのである。
もちろん、主人公が同性愛者だという意味ではない。

今作の主人公は大学生の青年、春人。
大学に入学した彼は、高校時代に映画制作を行っていた仲間たち3人とともに映画制作サークルを作る。
しかしその直後、彼の親友でありライバルであり、仲間たちのリーダーだった男、雄介が不審死を遂げてしまう。
死の直前、雄介は執筆中の脚本の主演女優にうってつけの人物が映っているとして、春人に「ファム・ファタル」と題されたビデオテープを渡していた。
そのテープには、雄介に対して殺人予告をする少女の姿が映っていた。
雄介の死後、ショックを受けたサークルのメンバーたちは映画制作をやめ、サークル部屋で馴れ合う日々を送っていた。
しかし春人が2回生を迎え一人暮らしを始めた春、サークルのメンバーたちの前に一人の女が現れる。
「ファム・ファタル」の少女、麻尋だった。
彼女はメンバーに対し、雄介の遺した脚本で映画を作ろうと持ちかける。
しかし彼女は雄介の死に関わっているため、メンバーは映画制作を拒否する。
この出来事をきっかけとして、春人の運命は大きく動き出すことになる。

| コメント(4) | トラックバック(0)

恋愛アドベンチャーゲームの『 Memories Off 』シリーズの物語は単純なボーイ・ミーツ・ガールではなく、大抵は心に傷のあるヒロインを主人公が救済することで主人公とヒロインが恋人同士になります。厄介なことに主人公は元彼女や交際中の彼女に未練があるものだから、恋人関係の成立までには話がどんどんこじれます。

話を盛り上げるための設定とはいえ、そのヒロインたちに課せられた不幸な身の上とは?
下記をご覧ください(順不同ネタバレ)。関係者が死にすぎですね。
そもそもダメ男に恋をしてしまうこと自体も不幸ではあります。主人公さえまともなら、修羅場で傷の上塗りをせずに済むのに。

主人公が救わなかった場合、ヒロインたちの未来は暗いです。主人公が救うと言っても、主人公の判断がまずく結果オーライなことも多々あります。主人公のハッピー・エンドが、他のヒロインの心を傷つけていることも多々あります。ダメな主人公より脇役の男たちの方が遥かに性格的に男前なので、それがプレイヤーにとっての救いです。

時に腹黒いヒロインと、優柔不断で悩み続けるために事態を悪化させるダメ主人公が織り成す泥沼ワールドに興味のある方は『 Memories Off 』シリーズをどうぞ。
主人公のダメっぷりにストレスが溜まるので、甘いラブストーリーや主人公の成長物語でストレスを解消したい方には不向きです。

| コメント(0) | トラックバック(0)

「日曜洋画劇場」の淀川長治のパロディ作品。
関西訛りが出ていないのが惜しい。

確かに彼の言ってることに間違いはないけど、『家族計画』の本筋は人間の陰陽が炙り出されるヒューマン・ドラマですから誤解なきよう。
ロリコンは病気です!

ニコニコ動画には『 CROSS†CHANNEL』版や『 ToHeart2 Xrated 』版も公開されています。


| コメント(0) | トラックバック(0)

単純に私が世間知らずなだけなんでしょうが。
ふと調べてみると、意外にも日本のノベル型ゲームは英訳されていることが判った。

例えば、『加奈 ~いもうと~』。
英語版の題名は『 Kana: Little Sister 』。
原作が発売されてから3年後の2002年の発売ということなので、。
ゲームサイト「 Moby Games 」のユーザーレビューには、賛辞が連ねられている。
英語圏の人々にも感動が伝わってるのが微笑ましい。

| コメント(0) | トラックバック(0)

『果てしなく青い、この空の下で…。』は2000年に発売された成人向けノベル型アドベンチャーゲーム。
メーカーの Web サイトで見たとき、タイトルといいキャラクターデザインといい、雰囲気のよさそうな作品だな、消えていく田舎を舞台にした叙情的恋愛ものかな、と思っていたのだが、実際は違うのだという。
なるほど、プレイしてみたらいい意味で裏切られる隠れた良作だった。


| コメント(0) | トラックバック(0)

衝動的に『 Remember11 -the age of infinity- 』の時系列一覧表を作成してみました。
考察の参考になるかもしれません。
記述はグッドエンド編を基にしています。
展開されるデータは MS-Excel 形式です。
一瞬でも見ると重大なネタバレになるので、プレイしていない人は見ない方がいいです。

http://meta-metaphysica.net/etc/remember11.lzh

作っている途中で頭が混乱したので、間違いがあるかもしれません。

再プレイして思ったのですが、実に緻密に作られたシナリオですね。
残された謎を全て説明してくれるエピソードが存在しないのが悔やまれます。

アイツとは何か、セルフとは何か。
計画の目的は何か。
ゆにが錯乱するのは何故か。
悟はオーストラリアに行って何をしようとしていたのか。
沙也香が動機にどう絡んでいるのか。
「私は、確かに『籠女』だったのだ」という独白の意味は何か。
探偵小説で、犯人も犯行手段も明かされたのに犯人の動機と目的が伏されて終わるようなもどかしさ。
結末からどんでん返しを作るとしたら、「沙也香=こころ」だとか「こころが双子を妊娠した」だとかが面白いと思うんですが、どうでしょうか。

| コメント(0) | トラックバック(0)

車輪の国、向日葵の少女 通常版

供給過多なため決して景気がいいとは言えないアダルトゲーム業界で、2005年に設立された新興ゲームメーカー、あかべぇそふとつぅ。
馴染みのない珍奇な名前なのでずっと「あがぺぇそふとつぅ」だと思っていたら、ごく最近になって「 AKABEISOFT2 」だということに気づいた。
『車輪の国、向日葵の少女』はそのあかべぇそふとつぅが2005年に発売した、ノベル型アドベンチャーゲームである。

| コメント(0) | トラックバック(0)
23 octobre 2008

『 CLANNAD 』

電撃ドットコムに掲載された「感動して泣いてしまったゲームはありますか?」という記事。
アンケート結果によると、

1位 PS2 『ファイナルファンタジーX』
2位 Xbox 360他 『 CLANNAD (クラナド)』●
3位 PSP 『クライシス コア -ファイナルファンタジーVII-』
4位 PS2 『 METAL GEAR SOLID3 SNAKE EATER 』
5位 PSP 他 『 Kanon 』●
6位 PS2 『テイルズ オブ ジ アビス』
7位 PSP 他 『 AIR 』●
8位 DS 他 『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』
9位 PS 他 『ファイナルファンタジーVII』
10位 PC 『リトルバスターズ!』

『家族計画』( PC、PS2 )が入ってねえ!
売上げが振るわない作品はどうしても不利になるなあ。
ちなみに 2ch BBS でのアダルトゲームのファンによる投票では『家族計画』が1位。
私の中でもアダルトゲームかどうかは抜きにして『家族計画』が1位。

●印は、私がプレイしたことのあるタイトル。
『 Kanon 』は必然性のない奇跡が起きてヒロインが救われるという学園ものストーリーで、あまり高く評価できない。
ヒロインが幼児的で天然ボケ系が多いというのも、少女の無垢性を志向する人にはいいのだろうけど私にはイマイチ。
一人だけ、「鶴の恩返し」の様式によって必然性を保証されたシナリオ進行をとるヒロインがいたのは気に入っているものの、作中では異端。
『 AIR 』は『 Kanon 』に次いでソフトメーカー Key が製作した作品。
「不治の病」ものの様式に壮大なファンタジーを組み合わせて、「ヒロインとの恋愛=勝利」とはしなかったのが良かった。
ノスタルジーを誘う雰囲気もお気に入りだ。
切ないクライマックスシーンは設定されているけど、ゲームには珍しく悲劇。
プレイ当時は感動するとか泣くとかいうより呆然としてしまった。
ヒロインが幼稚で天然ボケ系が多いのは相変わらず。

CLANNAD FULL VOICE CLANNAD -クラナド-

で、『 CLANNAD 』である。
『 AIR 』に次いで Key が製作した恋愛アドベンチャーゲーム第3作目。
アダルトゲームの流通ルートで発売するためだけに取って付けたような濡れ場シーンはもはやなくなっていて、「エロゲー」ではない。
確か中古で買ってから1年か2年か放置していて、私がプレイしたのは調べてみたら2007年4月だった。

| コメント(0) | トラックバック(0)

あれこれ論評できるほどゲームをプレイしているわけではないけど、プレイした経験のある作品のうち、シナリオに秀でた部分がある(完璧ではなくても)ものを独断と偏見で列挙してみる。

哲学部門

『 Prismaticallization 』( PS、PS3、PSP )

避暑地のペンションに集った少年少女たち。
彼らは気づかないまま、同じ1日を繰り返している。
プレイヤーはただ一つの介入手段によって物語のループからの脱出を目指す。
キャラクターデザインは恋愛アドベンチャーゲーム的だが恋愛要素は少なく、衒学趣味に富んだシナリオ。
PS3 版と PSP 版は PlaystationStore によるダウンロード販売。

SF ミステリー部門

『 Never7 -the end of infinty-』( PS2、Windows )
SuperLite 2000 恋愛アドベンチャー Never7 -the end of infinity- 恋愛ゲームセレクション NEVER7 Never7 -the end of infinity-  [恋愛ゲームセレクション]

当初は『 infinity 』というタイトルで発売されたシリーズ第1弾。
一週間のゼミ合宿のため南海の孤島に集った大学生たち。
合宿初日に主人公は目の前で大切な女性が亡くなる夢を見る。
合宿6日目に夢は現実となるが、主人公とそのヒロインの意識は合宿初日にタイムスリップする。
果たして主人公は悲劇を避け、ループから脱出することができるのか。
恋愛要素が強い作品。

『 Ever17 -the out of infinity-』( PS2、Windows )
恋愛ゲームセレクション EVER17 Ever17 -the out of infinity-  [恋愛ゲームセレクション]

「 infinity 」シリーズ第2弾。
2017年、海洋テーマパークで事故が発生し、少年少女たちが海中の施設に閉じ込められる。
水圧による施設の崩壊が進む中、彼らは生き残れるのか。
各ヒロインのシナリオを全てクリアすることで最終シナリオの封印が解かれる。
アドベンチャーゲームで用いられる仕様を利用した前代未聞のギミック。
伏線が次々と回収されていき謎が明らかになる怒涛の展開はアドベンチャーゲーム史上最高のエンターテインメント。

『 Remember11 -the age of infinity-』( PS2、Windows )
Remember11 -the age of infinity-通常版 Remember11 -the age of infinity-  [恋愛ゲームセレクション]

「 infinity 」シリーズ第3弾。
2011年、特殊な精神医療施設「スフィア」に向かっていた女子大生の乗った飛行機が冬の山中に墜落。
意識を取り戻した彼女は「スフィア」にいる青年の肉体に精神が宿っていた。
一方、「スフィア」にいた青年は謎の影に追われ時計台から転落。
意識を取り戻した彼は、航空事故の生存者が逃げ延びた山小屋にいる女子大生の肉体に精神が宿っているうえに記憶を失っていた。
時間の経過と共に、女子大生と青年は精神交換を繰り返す。
女子大生は雪山で生き延びられるのか、青年は記憶を取り戻せるのか。
そして精神交換現象の原因は何なのか。
遠く離れた「スフィア」と山小屋に同じ少年が居るのは何故か。
「恋愛ゲームセレクション」で再販されたが恋愛要素はなく、真相が明らかになっても後味の悪い結末を迎える難解な作品。

幻想文学部門

『 ONE ~輝く季節へ~』( Windows 18禁、PS )
ONE ~輝く季節へ~ Vista動作確認版

1998年に発売され、「泣きゲー」というジャンルを開拓したとされる古典的作品。
コミカルな学園生活を送りヒロインと親しくなっていく主人公だが、その日常は突如崩壊する。
シンプルであるがゆえに奥が深く、文芸評論の文脈で語られることもあるジュブナイル・ファンタジー。

『腐り姫 ~ euthanasia ~』( Windows 18禁)
腐り姫

父と妹が謎の死を遂げる中、生き延びた青年は記憶を失っていた。
寂れた故郷の町に療養のため帰った青年は、妹に瓜二つの不思議な少女と出会う。
青年を取り巻く家族や知人たちは何か主人公に隠している様子。
少女はそんな彼女たちの心の闇に入り込んで心身を崩壊させ、世界は赤い雪に覆われる。
世界が死を迎えるまでの4日間を繰り返すうち、主人公が取り戻す記憶とは……。
伝奇的な雰囲気の中、粘着的な性描写や近親相姦の背徳を通じて狂気と情念が描かれる。
パッケージ販売は終了しており、ダウンロード販売で安価に入手可能。

『 Forest 』( Windows 18禁)
Forest

『不思議の国のアリス』や『ナルニア国ものがたり』、『ピーター・パン』など、イギリスの様々な古典的ファンタジー作品からの引用に彩られた異世界の新宿。
そこに呼び寄せられた若い男女たち。
新宿を覆う森「ガーデン」から彼らに繰り出される生死を賭けたゲーム「リドル」。
彼らはファンタジー作品の登場人物たちに時に翻弄され、時に力を借りながら「ガーデン」に立ち向かう。
「物語とは何か」という視点から描かれたメタフィクション的作品で、少女に物語を語る形で場面が展開する。
画面に表示されるメッセージと異なるボイスオーバーや、ミュージカルのような登場人物の掛け合いなど、実験的演出に溢れた作品。
混沌とした世界観が魅力的。
「アダルトゲーム」「ノベルゲーム」に抱きがちな固定観念を打ち破る異色作だ。
パッケージ販売は終了しており、ダウンロード販売で安価に入手可能。

『 AIR 』( Windows 18禁、PS2、DC、PSP )
AIR ~Standard Edition~ AIR ベスト版 AIR


超能力で人形を踊らせる旅芸人の青年がたどり着いた田舎の港町。
そこで出会った不思議な少女たちに、いつしか彼は惹かれていくが……。
「母と子」をテーマに、1000年に及ぶ壮大な因縁が課せられた少女と青年の悲劇的運命を描く。
アダルトゲームとしては記録的な売上げを遂げるとともに、暗示的なラストシーンは様々な議論を呼んだ。
TV アニメーション版やアニメーション映画版もある。

泣ける部門

『家族計画』( Windows 18禁、PS2 )
家族計画 家族計画 ~追憶~ 家族計画~心の絆~

身寄りがなく社会から爪弾きにされた七人の男女たち。
ひょんなことから集った彼らは、相互扶助のため擬似家族を作り共同生活を送ることになる。
しかし家族や人間関係に対してそれぞれがトラウマを抱えており、しばしばイザコザが起こる。
過去の経験から家族というものを嫌悪し、人を信用しないで生きてきた主人公。
メンバーの仲裁役を意図せずに務めているうち、その頑なな心が少しずつ変わっていくが……。
面白おかしいギャグが繰り出される一方で、児童虐待という重い題材を取り込みつつ、家族や人間同士の絆の意義を問う作品。
『ホームレス中学生』の元祖ともいえる末娘役の少女の悲惨な境遇と素直さ、いじらしさに、数多くの男たちが「ロリコンに目覚めた」と苦悩した。
パッケージ販売は終了しており、Windows 版がダウンロード販売で安価に入手可能。

『加奈 ~いもうと~』( Windows 18禁、Mac 18禁)
加奈~いもうと~(L.A.C.カード版)

病弱で余命幾ばくもない少女と、かけがえのない存在である彼女を失おうとしている兄。
二人の心の葛藤と愛情を描いた作品。
「不治の病」という類型的な設定ながら、その涙腺破壊力は抜群。
妹の死後、彼女の遺した日記によって明かされる彼女の心境には強烈な印象を残す名文句がある。
パッケージ販売は終了しており、ダウンロード販売で安価に入手可能。
画像を差し替えて音声を付けたリメイク版『加奈…おかえり!!』もあるがパッケージ販売は終了しており、ダウンロード販売で安価に入手可能。

ホラー・サスペンス部門

『ひぐらしのなく頃に』( Windows、PS2、ニンテンドー DS )
ひぐらしのなく頃に祭 カケラ遊び(通常版) ひぐらしのなく頃に絆 第一巻・祟(通常版)

人口2000人に満たない小村、雛見沢(ひざみざわ)村。
東京から引っ越してきたばかりの少年は村に馴染み、同級生たちと楽しい日常を送っていた。
しかし村には、祭りの夜に4年連続で惨劇が発生しているという過去が隠されていた。
そして5年目の昭和58年、またも惨劇が起こる。
惨劇は村ぐるみの犯罪か、神の祟りか、偶然か。
アマチュアによる自主制作で出題編4編と解答編4編から成る連作として順に公開され、出題編での謎と恐怖に満ちた展開への熱狂と、その反動から解答編での批判を巻き起こした作品。
原作の Windows 版はダウンロード販売あり。

人間の狂気部門

『 CROSS†CHANNEL 』( Windows 18禁、PS2 )
CROSS CHANNEL クロスチャンネル ~To all people~ 通常版

学園の放送部に所属し楽しい日々を過ごしていた主人公。
しかし部員たちの間に亀裂が入り、関係修復のために主人公が実施した山中での合宿も失敗に終わる。
合宿から帰った彼らを待ち受けていたのは、人間と動物の姿が消えた街だった。
世界の生き残りとなった彼らは、その異常状況下で自身が備え持つ心の歪みをあらわにしてゆき、一週間後惨劇が起こる。
しかし物語は再び一週間前に戻ってしまう。
展開の異なる一週間が繰り返されるなか、主人公の過去、内に秘めた狂気が明らかになっていく。
ふとしたことをきっかけに、主人公は一週間が経過するたびに自分たちの記憶が消え世界の時間が巻き戻っていることに気づく。
閉じられた世界の構造と正体を知り、部員たちの人間関係すべてを一週間で修復できないことも痛感した主人公は、ある決意を抱くのだった。
様々な心の歪みを持った少年少女たちの苦悩・対立・和解、絶望の中でも生き抜こうとする主人公の姿を通して生を肯定する物語。
シナリオライターは『家族計画』『加奈 ~いもうと~』と同一人物と言われている。

『さよならを教えて comment te dire adieu 』( Windows 18禁)
さよならを教えて ~comment te dire adieu~

学校に教育実習に来た主人公。
対人恐怖症気味で、天使が怪物に陵辱される悪夢を見て苦しんでいる。
指導担当である女性教諭の高圧的でよそよそしい態度には反感を覚え、保健室の養護教諭の元に足が向く日々。
しかし次第に主人公の思考や台詞が不審なものになっていく。
場面は全て夕刻。
主人公は校内で様々な少女たちと知り合い言葉を交わす。
少女たちは唐突に主人公に陵辱されるが、次に出会う頃には平然としている。
唐突に主人公に暴行を受けるなどして死亡しても、少女たちは何故か生きた状態で現れる。
そして何事もなかったかのように会話する二人。
支離滅裂な展開が続くが、実は……。
狂気に犯された主人公が無意識的に救済を求めて彷徨する姿を描いた作品。
退廃感に満ちた雰囲気の中、自意識に懊悩する青年の心理描写が巧み。
カルト的人気を誇り、中古市場ではプレミアムがついて数万円もする。

『終ノ空』( Windows 18禁)

1999年のある日、主人公の同級生である少女が他校の少女2人とともに屋上から飛び降りて死ぬ。
それをきっかけとして終末妄想が学校中に広がり、終末における救世主と自称する少年とその信者が、終末を迎える前に次々と屋上から飛び降りて死ぬ。
主人公、主人公の幼馴染、最初に自殺した少女、いじめられっ子の少年の4人の視点でこの集団自殺事件が語られる。
哲学を引用しつつ、終末論と死生観というテーマを狂気と妄想を通じて娯楽的に描いた作品。

ミステリー部門

『かまいたちの夜』( SFC、PS、GBA、Wii )
かまいたちの夜 かまいたちの夜 特別編

スキー客らで賑わうペンションが吹雪で孤立。
そんな中、何者かから「今夜12時誰かが死ぬ」とメッセージが。
そして客室の中でバラバラ死体が発見される……。
本格推理サウンドノベルだが、同じ舞台と登場人物を利用して異なるジャンルのエピソードに分岐する。

| コメント(0) | トラックバック(0)

北へ ~ Diamond Dust ~


『 Memories Off ~それから~ 』の記事で言及したのを機会に、プレイを中断していた『北へ。~ Diamond Dust ~』を再開。
2年越しで全ヒロイン攻略を終えた。
しかし、「全クリア」ではないし、「全クリア」する気力もあまり湧かない。
(理由は後述。)

『北へ。~ Diamond Dust ~』は2003年にプレイステーション2用に発売されたアドベンチャーゲームで、1999年にドリームキャスト用に発売された『北へ。~ White illumination ~』の続編にあたる。
『北へ。~ White illumination ~』といえば、北海道物産展の会場で流されていそうな、北海道への観光を強く訴えるインパクトに溢れたテーマソングで知られ、私もプレイしたことはないけどテーマソングを歌える。

本作では東京在住の大学生である主人公が、北海道の5都市(函館、札幌、旭川、帯広、北見)に住む高校時代の友人たちのうち一人の家を夏休みを利用して訪ね、そこを拠点としながら北海道を観光する。
旅先で主人公は各都市に割り当てられたヒロインと出会い、恋をするというストーリーだ。

本作の特徴は、いわゆるノベル型のアドベンチャーゲームではなく、独特のゲームシステムを持っていることである。

| コメント(0) | トラックバック(0)

SuperLite 2000 恋愛アドベンチャー Memories Off~それから~

恋愛アドベンチャーゲーム『 Memories Off 』シリーズの4作目、『 Memories Off ~それから~』。
プレイしたのはかなり前……忘れたのでセーブデータの日付を調べてみたらちょうど1年前くらい。
ストーリーの細かい部分も忘れてしまったのだけど、まだ記事を書いていないことにふと気づいたので更に記憶が薄まる前に書いておくことにした。

このシリーズの特徴としては、まず、舞台が同じ地域であること。
湘南がモデルとなっていると思われる。
次に、作品の発売順に作品内の時代設定が並んでいること。
前作までのキャラクターが脇役として作中に登場するが、シリーズが後になるほど少しずつ年をとっていることになる。
さらに、主人公が過去に女性との交際経験があるか、現在交際中であること。
第1作、第3作は主人公は交際していた女の子と自分の意思に反して別れて一人身。
第2作では女の子と交際中。
彼女への未練に主人公が苦しむか、他の女性に対して新しく芽生えた恋愛感情と彼女への未練の狭間で主人公が苦しむのがストーリーのパターンとなっている。
そして個人的に重要なのが、2000円の廉価版が発売されていること。
安売りされてなければ私がシリーズを買い続けることはなかったし、2000円という値段に対してシナリオ・グラフィック・音楽・ゲームシステムの完成度がどれも高く満足できるからだ。

シリーズ前作『想い出にかわる君 ~ Memories Off ~』では主人公が高校生ではなく大学生になり、物語上の舞台も学校ではなく主人公の行きつけの喫茶店に変わり、青春群像劇的な香りを漂わせていた。
メインヒロインも男性に媚びない奔放な性格の女性だったうえ、彼女を担当する声優の演技力が低かった。
受けがあまり良くなかったせいか、本作では主人公は第二作と同じ高校の生徒になっている。
メインヒロインも第2作同様、同じ高校のピアノを嗜む少女だ。
声優のキャスティングも万全。
その一方で、主人公がアルバイト先の喫茶店に集う学校外の様々な若者たちと関わりを持つということから、前作での試みをも取り込んだ形となっている。

ストーリーは主人公が高校卒業を間近に控えたバレンタインデーの日に始まる。
主人公は高校生活を仲睦まじく共に過ごしてきた彼女から「最初から好きではなかった」と別れを告げられてしまう。
ゲームのパッケージの表には彼女一人だけがデカデカと描かれているだけに、彼女の言葉が本心でないことはプレイヤーにはバレバレなのだが、ともかく唐突な別れに混乱しつつ、主人公は残りの高校生活を送らなければならなくなる。
彼女の真意を追及するか、高校のクラスメイトやアルバイト先の同僚、常連客と親しくなって新しい恋心が芽生えるか。
どの道を辿るにせよ、主人公は自分自身や相手の少女が抱える問題と対峙しなければならない。

前述のとおり、本作でも前作までの登場人物が何人も脇役として登場するのだが、本作のメインヒロイン相手のシナリオではある一人がチョイ役ではなく深く関わってくるのが特徴的だ。

本作に登場する女性たちのなかで個人的に印象深いのは、主人公のアルバイト先の同僚の少女。
子供のような天真爛漫な行動と主人公を煙に巻く珍奇な発言を繰り返すが、その一方で妙に知的なポテンシャルを窺わせる「不思議ちゃん」キャラだ。
彼女と親しくなると彼女の隠していた秘密が明らかになる。
主人公がそれを彼女にぶつけた時の彼女の豹変ぶりがすごい。
ヒロインの豹変による恐怖といえば『ひぐらしのなく頃に 鬼隠し編』が有名だが、それに近いインパクトがある。
本作ではヒロインから主人公が露骨な憎悪を浴びせられることになり、表向きの姿とのギャップが際立つ。
本作のヒロインたちとの後日談を描いたファンディスク的作品『 Memories Off ~それから again ~ 』もプレイしたが、そちらでは同僚の少女は他のヒロインと恋仲になった展開での脇役でしかなく、後日談が収録されていないのが残念だった。

ちなみに主人公の義理の妹役を演じた声優が『 Memories Off ~それから again ~ 』では変更されている。
アイドル声優として売れ始めた頃に声優業と並行してアダルトビデオに出演していたことが発覚したため、事務所をクビになったそうだ。
プレイしたことのある『北へ。~ Diamond Dust ~』にも出演してたらしい。
指摘されないと気づかなかった。

シリーズ第2作と第3作では、プレイヤーが選択肢を誤ると単純に恋愛が成就しないだけではなくヒロインが死んでしまうバッドエンドがあった。
さすがに本作ではヒロインが死ぬことはないが、精神を病んでしまう展開がある。
悪趣味な楽しみ方ではあるが、バッドエンドが時に残酷なのも本シリーズの魅力の一つだ。

本作のメインヒロインは清楚で健気で甲斐甲斐しく、男にとって都合のいい女性が顕現したような存在。
しかし不本意ながら主人公と別れる羽目になるわ、シナリオによっては主人公と復縁したと思いきや別の女に主人公を取られるわと酷い扱いである。
主人公に対して隠していた事情があるだけに、本人は自業自得と解釈しているけど哀れだ。
その反動で、ファンディスクではコテコテに甘いカップルぶりを見せ付けられることになる。
メインヒロインのファンの人は大いに溜飲を下げたことだろう。

飛びぬけて優れた点があるという訳ではないけども、丁寧に作られていて総合的に完成度が高い伝統は健在。
前作での作風の変化にガッカリした向きの人も満足させられる佳作だ。

| コメント(0) | トラックバック(0)


サウンドノベル『うみねこのなく頃に』シリーズの第3話「 Episode3 Banquet of the golden witch 」を第2話に引き続いてプレイした。今月公開されたばかりの最新作だ。

「1986年10月4日から5日にかけて、絶海の孤島に建てられた洋館に集まった富豪一族が、碑文どおりに次々と殺されていく」という大まかな流れは、やはり第1話、第2話と同じ。
第3話では、魔法描写が第2話よりも一層深化する。魔女ベアトリーチェの師匠と称する魔女が登場し、庭園に巨塔や巨人を召喚する大バトルを展開するわ、魔女の眷属が新たに増えて魔女を支援するわで大変賑やかである。勘弁して欲しい。

魔法描写を除き第3話で特徴的な点は、まず碑文の解読者が出た、ということだろう。ただし碑文の解読結果が何であるかは明かされない。明かされるのは解読のヒントと、碑文解読者が得る利益だけである。

次に、第1話、第2話と結末が異なっていることが挙げられる。ネタバレになるので詳細は伏せておく。

物語構成においては、メタ世界における魔女対戦人の駆け引きの比重が大変重くなっている。これが第3話におけるどんでん返しに繋がっていて、読み物としての面白さは第2話を越えている。第2話での展開に呆れて読み進める意欲を失ったプレイヤーを、再度やる気にさせるだけの力が感じられる出来だ。

さて、折角出題編が第3話まで揃ったので、事件の真相について推理、いや予想してみよう。
(以下、ネタバレ注意)

| コメント(0) | トラックバック(0)

サウンドノベル『うみねこのなく頃に』シリーズの第2話「 Episode2 Turn of the golden witch 」をプレイした。

「1986年10月4日から5日にかけて、絶海の孤島に建てられた洋館に集まった富豪一族が、碑文どおりに次々と殺され、不思議な状況で発見される」という大まかな流れは第1話と同じだ。但し、登場人物の行動や殺され方は第1話と大きく異なる。

| コメント(0) | トラックバック(0)

主人公級のキャラクターが、人間の居ない世界に紛れ込んでしまう――『 12RIVEN -the Ψcliminal of integral- 』と『 CROSS†CHANNEL 』の設定は一見、似ている。

しかし両者は異なる。『 12RIVEN 』では、その世界が成立している理由が作中で明示されているのに対し、『 CROSS†CHANNEL 』では仮説やほのめかしで終わってしまっている。

『 CROSS†CHANNEL 』においては、異世界の成立理由は重要視されていない。作中のある人物が、思考放棄するように盛んに主人公を誘導している。主人公にとっては自らが異世界に居るという現実が重要なのであって、彼の望む結果さえ得られれば原因は何であろうと構わない。主人公以外の登場人物にとってもそれは同様である。異世界の成立理由がどうあれ、物語の結末に矛盾は生じない。

「トモダチの塔」と呼ばれる没シナリオ(注1)では、主人公が異世界に到達する前に異世界で起きた出来事が記されてはいるが、それとて異世界の成立理由が示されるわけではない。「トモダチの塔」は作品1周目の展開の正体、町外れの死体の正体、ループ現象を望む者の存在について示唆してくれる。しかしそもそも作品として世に出たシナリオには書かれていない後付の材料でシナリオを考察するのがフェアかどうか、という問題がある。

『 12RIVEN 』においては、異世界の成立理由が物語にとって重要である。それを主人公が知ることによって主人公は事態に対処できる。主人公が陰謀に巻き込まれ陰謀を打ち破るこの物語では、陰謀を企む登場人物は異世界の成立を前提に物語冒頭から一貫して行動している。

にも関わらず、異世界の成立理由の辻褄が合わないことが『 12RIVEN 』の問題である。作中の設定では異世界で個人同士が同時に存在してコミュニケーションを取れることを説明できない。私個人の考えでは、『 serial experiments lain 』で使われた「人類の集合的無意識のネットワーク」という概念を持ち出せば合理的な説明ができると思うが、作中でその概念は明示されていない(注2)。ほかにも、冒頭での拳銃奪取やトラック事件も別設定(特定人物のみ持つ超能力の存在とか)がないと矛盾なく説明ができない。後付の材料でシナリオを考察する問題を避けられないのだ。

なお、物語設定が現実の科学と照らし合わせて正しいかどうかは問題ではない。もちろん正しい方が読者への説得力が増すが、間違っていても作中で明示的かつ整合性があれば、「作中に限っては」有効だ。そうでなければ創作物語は成立しない。ゴジラもスーパーマンもハリー・ポッターも非科学的な存在だが、各作中に限っては「居る」。

『 12RIVEN 』における異世界も、『 CROSS†CHANNEL 』における異世界も、読者が「そういうものなのだ」と盲目的に受け入れるしかない点では共通している。しかし物語の根幹を物語内で合理化できていない分、『 12RIVEN 』の方が読者の反発を免れないだろう。


注1:「トモダチの塔」は公式ファンブックに収録されているが、「 cross channel script.pd 」で web を検索すると読むことが出来るようだ。また、ファンがスクリプトを組んでゲームに仕立て上げたプレイ動画がニコニコ動画に投稿されている。

注2:「集合的無意識」の語は作中で登場するが、それは「マインド・フュージョン」の能力について語る描写においてである。

| コメント(0) | トラックバック(0)

12Riven -the ψcliminal of integral-(通常版)

12RIVEN -the Ψcliminal of integral- Windows版


恋愛をテーマにしたノベルゲームが多い中、巧みな伏線、意外な種明かしに力点を置いた異色シリーズ『 Never7 -the end of infinity- 』『 Ever17 -the out of infinity- 』『 Remember11 -the age of infinity- 』。それに続く新シリーズが製作中というニュースにファンの期待は高まっていた。

しかし製作元の KID が倒産。今度は" infinite "にお蔵入りかよ、と皮肉な運命に悲しくなったものだが、サイバーフロントが開発を継ぎ、ついに発売された。『 12RIVEN -the Ψcliminal of integral- 』である。シリーズファンの私が予約購入し、寝食を削って即クリアしたことは言うまでもない。今から思えば、よく意欲が湧いたなと思わなくも無いのだが、個人的事情はさておいて、作品の内容を。

『 12RIVEN 』は二人の視点で物語が進む。

一人は、高校生の少年、錬丸。彼は差出人不明のメールを受け取る。今日2012年5月20日の正午、インテグラルの屋上で少女が殺されるのだという。錬丸が廃ホテル「インテグラル」の屋上に駆けつけると、そこには離れ離れになっていた幼馴染の少女、ミュウが居た。再会を果たした2人だったが、瞬間移動など人間離れした能力を発揮する謎の少年、霧寺メイに襲われる。女性警官と謎の少女が現れた隙に錬丸とミュウは逃げ出すが、霧寺と同じような能力を持つ武装集団に囲まれてしまい、進退窮まった2人はホテルの建物から地上へ転落した。
水の溜まったプールに落ち、命拾いした2人は街へ向かう。しかし異変が起きていた。街に誰もいないのだ。彼らは人間の姿を探して街を彷徨う。「なぜ人々が姿を消したのか」という疑問がこちらの視点の中心である。

一方、警視庁の女性捜査官である三嶋鳴海は、後輩の捜査官、真琴から緊急事態を知らせるメールを受け取る。ミュウが正午にインテグラルの最上階で殺される、第弐エクリプス計画を阻止するためにミュウを守ってほしい、と。鳴海が「インテグラル」の屋上に駆けつけると、少女が少年に銃を突きつけられたところであった。鳴海は銃を奪われ、手錠で拘束されてしまう。そこへミュウとは異なる青い髪の少女が現れるが、鳴海は青い髪の少女が銃撃されるのを眺めることしかできなかった。
応援部隊に助けられ、青い髪の少女を病院に運び込んだ鳴海は、所持品から少女がチサトという名だと知る。チサトは意識不明の重体だ。緊急手術が行われるが、一人の少年が乱入し取り押さえられる。事情聴取を行うも、彼は記憶喪失だった。所持品からチサトの弟であるオメガと判明する。
「インテグラル」での出来事について、最も事情を把握していると思われる真琴は行方不明だった。同僚を信用できない鳴海は、オメガを引き連れ捜査に乗り出す。「第弐エクリプス計画とは何か」という疑問がこちらの視点の中心である。

その後、それぞれの視点で物語が結末を迎えたあと、真相が明らかになる物語に進めるようになる。

真相を知ったとき、プレイヤーは衝撃を味わうことだろう。私は見事にトリックに引っかかりましたよ、ええ。『 Ever17 』を越えるトリックをファンに期待される中、うまく仕掛けたと称えたい。
" integral "(完全)と名乗るだけあって、物語はすっきりまとまっている(まとめにかかっている、と言った方がいいかも)。『 Remember11 』と違って、作中の謎の真相を一事が万事、種明かししてくれるのはありがたい。よくもまあこんな珍妙なプロットを組み立てたものだと、そのぶっ飛んだ発想力に感嘆せざるを得ない。しかし物語のトリックが複雑化した分、真相が SF の独自理論で固められているので、説明されても万人に受け入れられがたい点が惜しい。抽象的過ぎて直感的に理解しづらいのだ。私が理論を理解しきれていないだけかもしれないが、矛盾が生じているのではないかと思われる部分も散見される。
とはいえ、抽象的な概念を捏ね繰り回す哲学好きには興味深い料理だろう。思考実験としての物語、と言った方がいいかもしれない。

プレイヤーには「ミステリもの」として謎を解いてやろうと息巻くよりは、展開にそのまま流されて行くことをオススメしたい。展開が中だるみしがちだった『 infinity 』シリーズよりもアクションシーンが豊富で、ハリウッド映画的なスピード感、躍動感がある(あくまで前シリーズと比べて、だが)。ただしそれと引き換えに、個々のキャラクター性が描写不足で深みに欠けるのは否めず、痛し痒しといったところだ。

本作で一番目につく問題は、そのシナリオを引き立てるべきグラフィックだ。
不安定な製作体制のため、原画の一部を外国のスタジオに外注したのだろう。グラフィックの少なくない部分で、キャラクターがデザイナーと別のタッチになっている。いわゆる「作画崩壊」という奴だ。よりによって読者の気分を盛り上げたり、緊張を強いたりするシーンで間が抜けた絵が表示されるものだから、興醒めどころか、MAD 作品を見るかのようで笑ってしまう。TV アニメーションの世界では人手不足が常態化しているので作画崩壊は珍しくないが、ゲームソフトで作画崩壊に遭遇するとは思わなかった。
散々発売延期をしておいてこの様とは非常に残念。しかし発売中止になるよりかはマシだ。ファンなら我慢すべきなのだろう。何も知らずに購入した人には関係の無い話だが……。

内容の良し悪しの評価はさておいても、製作会社の倒産を乗り越えて発売された作品という点では、コンピュータ・ゲームの歴史に名を残す存在だろう。

| コメント(0) | トラックバック(0)

下記はノベルゲーム『ひぐらしのなく頃に』シリーズ主要8話のエッセンスです。
ネタバレ需要があるようなので記すこととしましたが、本作が持つ緊張感やトリックの妙味を全て損なってしまうので、本作未読の人は読まないことを強く推奨します。
PC 版を元にしており、PS2 版やマンガ版、小説版と設定が異なる場合があります。

なお、あらすじは「ひぐらしのなく頃にwiki」各項目より引用しました。
物語の著作権は「07th Expansion」代表の竜騎士07氏にあります。

| コメント(0) | トラックバック(0)

CROSS CHANNEL

クロスチャンネル ~To all people~<2800コレクション>

誰が作ったのか、『エロゲ名作ランキング』というアダルトゲームの格付けがある。
その中で「超名作」とされている作品の一つが、『 CROSS†CHANNEL 』。
2003年の作品。
『 加奈 ~いもうと~ 』についての記事で2006年中にプレイしたいと書いておきながら、はや2008年だ。
このたび「プレイせよ」という電波を受信し頭の中で響いたので、段ボール箱の中からディスクを引っ張り出してプレイした。
(本作には性描写が含まれた Windows 版と性描写が省かれた Playstation2 版があるが、今回プレイしたのは Windows 版。)

本作は「主人公の行動についての選択肢が物語中に時々現れ、それをプレイヤーが選択することで物語の展開が変化する」という、ノベル・タイプのアドベンチャーゲーム。
男性主人公の一人称視点で物語が語られて、学園を舞台にしていて、美少女たちが居て、主人公の親友が居る。
ああ、わかりました、ボーイ・ミーツ・ガールでフォーリン・ラヴ、それでもって努力の末に危機を脱して無事に帰還、恋人同士で未来へ歩みだすハッピー・エンドですね?
いやいや、とんでもない。
本作はそんなに甘くない。
(以下、表層的なネタバレあり。真相/深層は伏す。)

| コメント(2) | トラックバック(0)

サウンドノベル『ひぐらしのなく頃に』に続く新シリーズ『うみねこのなく頃に』の第1話『 Episode1 Legend of the golden witch 』が無料公開されていたので、何となくプレイしてみた。

| コメント(0) | トラックバック(0)

『ダブルキャスト』は1998年に発売されたプレイステーション用のゲームソフト。
「やるドラ」(観るドラマではなく、やるドラマ)シリーズと銘打たれ、プレイヤーが選択する主人公の行動によってドラマの展開と結末が変化する。
フルボイス(主人公を除く)・フルアニメーションで、制作費が結構かかっていると思われる。
10年も前のプレイステーション用タイトルなので、今時の感覚から見るとさすがに画質は荒い。
ゲームシステムも良いとは言えない。
作品のコンセプトとして元々繰り返しプレイを前提としているにも関わらず、クリアデータセーブとシーンセーブが分離されていないので、異なるエンディングを目指して再プレイを行う場合でも「データをロードして最初のシーンからやり直す」という作業を行わなければならない。
それに、セーブは特定のポイントでしか行えない。
KID のアドベンチャーゲーム(『 Memories Off 』シリーズや『 Infinity 』シリーズ」)のゲームシステムの操作性が如何に優れているか、よく判る。
また、CD-ROM にフルボイス・フルアニメーションを収めなくてはいけないという容量上の制約で仕方ないとはいえ、ディスク2枚組のため、再プレイの際にディスクの入れ換えを強制されるのも苦痛を生じさせる。

物語は、大学の映画研究部の新人部員が主人公を務める。
彼が部の飲み会の帰りに街中で酔いつぶれているところを、同い年くらいの少女に介抱される。
ところが少女は「赤坂美月」という名前以外記憶を失っていると語る。
主人公は彼女を自宅に招き、共同生活を始めることになる。
主人公が所属する映画研究部は夏休みに映画を制作するにあたって主演女優を確保する必要に迫られたため、主人公は美月を部に紹介し、映画制作が始まる。
その映画の脚本は、かつて映画研究部が撮影を行ったものの製作中に監督と主演女優が怪死したため、長らく封印されていたといういわくつきの代物だった。
映画制作が進むにつれて、謎の男に美月が襲われたり、ロケ先の屋敷で主人公の頭上に植木鉢が落ちてきたりと、奇妙な事件が発生するようになる。

美月の正体、事件の真相を求めて、プレイヤーはドラマを展開させていく。
しかし選択肢を誤ると、物語は凄惨な結末を迎える。
一つ間違えただけでロケ先の屋敷で部員が皆殺しにされる。
ロケ先から帰ってくることが出来たとしても、映画が完成する前に主人公は殺される。
作中で語られる物語の核心はあっけなく、ありがちとも思える設定ではある。
しかし思考を掘り下げるとプレイヤーが選択した主人公の行動と真犯人の行動がちゃんとリンクしていて、各エンディングに至るまでの必然性が丁寧に作られていることが判る。
サスペンスやホラーの体裁をとってはいるが、軸となっているのはシンプルなラブ・ストーリーである。
繰り返しプレイしながら考えないと真犯人の真意を掴めないだけに、ゲームシステムの不備が惜しい。

ネタバレ上等、という方は下記の web ページを参照するのが手っ取り早いです。

ダブルキャスト (ゲーム) - Wikipedia

「存在」への不安~「ダブルキャスト」における「演じる」ということ

「一夏の幻」…「ダブルキャスト」シナリオ考察

| コメント(0) | トラックバック(0)

2007年1月に Xbox 360 を買いました。
「『 THE IDOLM@STER 』がやりたい」「 HD DVD の『幸福の黄色いハンカチ』を観たい」というのが購入の動機。

解像度が新世代

16:9の HD で表示されるゲーム画面はこれまでのゲーム機のそれとは段違いの心地よさ。
確かに今までも PC でゲームをプレイすれば高精細な画面だったけど、エロゲーなんかの紙芝居ゲーム、シミュレーション系、MMO、FPS、レースゲームくらいしか選べないような感があった。
しかもそれとて640*480とか800*600とか。
16:9という画角は経験がない。
ということで、精細で広々とした画面には新鮮な驚きがある。
それに、PC ゲームを出していないコナミやナムコのゲームを高精細な画面でプレイできる、というのが嬉しい。
何せ日本プロ野球を扱ったゲームは PC 用には発売されないので、据え置きゲーム機に期待するしかないのだ。

| コメント(0) | トラックバック(0)
3 décembre 2006

KID 倒産

キッド:負債額約5億3000万円、自己破産申請へ

嘘だと言ってよ、ジョー。
『 infinity 』シリーズ第4作『 12RIVEN -the Ψcliminal of integral- 』はお蔵入りですか。
関係各位は速やかに権利・スタッフを保全して発売を目指して欲しいものです。

実相寺昭雄監督逝去とともに悲しいニュースだわ。

ついでに豆知識メモ。
『 Ever17 ~the out of infinity~ 』のディスクの中の「 ever17.e17 」というファイルを『 ever17.mpg 』にリネームするとオープニングムービーを PC で再生できるらしい。

あと関係ないけど『いただきじゃんがりあん R 』のオープニングムービーが COOL。

| コメント(0) | トラックバック(0)

2002年から製作・公開されてきた物語『ひぐらしのなく頃に』。
今夏公開された第8作目「祭囃し編」にてついに完結だ。
第7作目の「皆殺し編」では事件の真相と黒幕がほとんど明かされた。
この第8作目においては、黒幕が犯行に至るまでの経緯が語られるとともに、残されていた謎の解答が提示される。
そして作中の人物たちが黒幕を打倒してハッピーエンドを獲得する模様が描かれる。

物語はまず黒幕の一人称視点から始まる。
妥当な展開である。
特筆すべきは、ここに至って初めて本作に「ゲーム」と呼ぶにふさわしい仕掛けが導入されることだ。
第7作目まで、読者は画面に表示される文章を読むだけだった。
文章を読むためにマウスのボタンやキーボードのキーを押すだけだった。
「祭囃し編」も途中までは同じ。
だがある地点で物語は断片化され、画面上にシーンがボタンの形で並べられる。
正しいボタンを選択すると、物語のシーンが叙述されていく。
そしてまたボタンの選択画面へ戻る。
誤ったボタンを押しても物語の文章は叙述されない。
特定のボタンを押して文章を読むことに成功すると、次のどれか特定のボタンに対応した文章を読むことができるようになる。
Playstation 用ゲーム『 serial experiments lain 』を彷彿とさせるシステムだ。
これは作中のある登場人物の行動を追体験するもの、と作中で位置づけられているとはいえ、「 TIPS 」システムを除いてコンピュータ・ゲームらしさがなかった『ひぐらしのなく頃に』という作品に親しんできた読者にとっては唐突だ。
だが、『祭囃し編』には「 TIPS 」が存在しないことを考えると、これは「 TIPS 」の変形である、と解するのが妥当だろう。

全てのボタンに対応したシーンを読み終わると、物語は再びいつも通りの一本道の小説へと戻る。
あらゆる困難を乗り越えて登場人物たちは団結して黒幕と戦う。
その戦いはうまく行きすぎとも、ご都合主義ともいえる。
作中に「奇跡」の二文字が何回現れるのかカウントしてみたくなるほど、頻繁に現れる「奇跡」という単語がくどい。
ベースが強固にハッピーエンドを拒む物語であるであるがゆえに、仕方のないところだろう。
作者が描きたいのは、黒幕以外の主だった作中の人物全員が黒幕を倒すために団結する必要があり、一人でも欠ければ黒幕を倒せない、という構図である。
誰かが死ねばアウト。
誰かが協力しなければアウト、という世界が本作の世界なのだ。

黒幕との戦いは荒唐無稽な展開を辿っていく。
「努力・友情・勝利」という陳腐ですらある週刊少年ジャンプ的テーマを、週刊少年ジャンプ的な盛り上がりを得るべく描くためにそうなった、と解釈するべきか。
もはや出題編の緊迫感はなく、アクション映画におけるボス戦のようなケレン味に満ち満ちている。
まさに「惨劇なんてなかった。あったのは喜劇」。
そして黒幕が打倒されることによって、本作の真のテーマが明らかになる。

『ひぐらしのなく頃に』の第一作、「鬼隠し編」の冒頭に掲げられた詩篇を思い返そう。
「どうか嘆かないで。
世界があなたを許さなくても、私はあなたを許します。

どうか嘆かないで。
あなたが世界を許さなくても、私はあなたを許します。

だから教えてください。
あなたはどうしたら、私を許してくれますか?」

「罪を赦し合う」。
これが『ひぐらしのなく頃に』のテーマだったのだ。
こうして円環的に伏線が回収され、長い長い物語は閉じられるのである。
綺麗な締めくくりに拍手を送りたい。

ところで、ここに来て『ひぐらしのなく頃に』はプロレスのようなもの、という気がしてきた。
プロレスは真剣勝負を装ってはいるが、筋書きのある見世物だ。
観るものはそれを理解した上で楽しむ。
装いを信じ込んだ人は、筋書きの存在を知って「八百長だ!」と憤るかもしれない。
あるいは観ることを放棄するかもしれない。
しかし、楽しむ人は自ら率先して楽しみを見出そうとする。
『ひぐらしのなく頃に』もミステリーを装ってプロモーションされたが、ミステリーではなかった。
その点を非難する向きは納得できる。
だが、本作に接して得られる娯楽的経験は偽りではない。
娯楽作品として向き合ったとき、本作はなかなかに優れた娯楽を提供してくれる。
邪道とも言える一方で、娯楽として楽しんだもの勝ちでもある。
『ひぐらしのなく頃に』という作品はそういうものだと思う。

| コメント(0) | トラックバック(0)

「エロゲー」と呼ばれるアダルトゲームの歴史の中で、1999年にはメルクマール的な作品が2つあるとされている。
一つは『 Kanon 』で、もうひとつは『加奈 ~いもうと~』。
アダルトゲームならではの官能的な描写よりもドラマ性を重視し、プレイヤーを泣かせにかかる「泣きゲー」というジャンルが確立されたとされる。

『 Kanon 』はプレイしたことがある。
『加奈 ~いもうと~』は『 Kanon 』ほどはオタク受けせずブームと言うまでは至らなかったとはいえ、1999年の話題をさらった作品。
だけど長らく敬遠していた。
だって「ヒロインは妹で不死の病を抱えている」という設定って、ありきたりでストレート過ぎませんか。

とはいえ、『腐り姫~euthanasia~』の「因縁」とか「情交」とかいう単語がまとわりつく粘っこい世界、「狂おしい妹」像に翻弄されてしまったせいで、「ここは一つ純でサラサラした作品で口直ししますか」とばかりに『加奈 ~いもうと~』をプレイすることにした。

『加奈 ~いもうと~』の物語は藤堂隆道という青年の視点で描かれる。
彼には二歳年下の妹がいる。
彼女の名は藤堂加奈。
幼くして慢性腎不全を患い、人生のほとんどを病院で過ごしていた。
隆道は幼い頃、両親の関心を奪う加奈を疎んじてよくいじめていた。
しかしある出来事をきっかけとして、加奈を守るために一所懸命となる。
ほとんど学校に登校できないため友人のいない加奈を支えながら、隆道は中学校、高校、大学と進学する。
加奈は1年遅れてどうにか高校の入学試験に合格した。
しかし病状が悪化し、高校に通う間もないままに彼女の死期は迫ってくる。
隆道はある女性となし崩し的に肉体関係を持ち交際を始めることになるが、やがて加奈を妹としてではなく、女性として意識している自分に気づく。

体裁としては選択肢によって物語の展開が変化するノベルゲーム。
台詞の前に発話者の名前が出るところなんかはアドベンチャーゲームのスタイルだが、画面いっぱいに文章が展開されるところは小説に近い。

エンディングは6つある。
しかし「不治の病を抱えたヒロイン」で「泣かせる」とくればお察しのとおり、基本的にば最後に加奈は死んでしまう。

古くは『愛と死を見つめて』、最近だと『世界の中心で、愛を叫ぶ』とか『劇場版 AIR 』とか、愛した若い女性が難病のために死んでしまうという話は実話もフィクションも沢山ある。
フィクションならば、「いかにヒロインを魅力的に描くか」、「そのヒロインに思いを寄せる男性にいかに感情移入できるようにするか」というのが課題となる。
『加奈 ~いもうと~』の場合、加奈は「清楚で無垢でおとなしくて、細い体にロングヘアー」というステレオタイプ的な病弱少女。
しかし主人公と加奈の幼少期からの10年間を順に追っていくことによって、主人公が加奈を大切に思う気持ちに同調できるし、それが異性に対する感情となっていることへの逡巡も受け入れやすくなっている。
主人公の幼少期の加奈への心情、主人公の初恋という伏線、末期癌のために若くしてホスピスで死ぬ叔母と先天的な病を抱えたその娘というサブエピソードを絡めたドラマ作りはお見事。

ステレオタイプ的な加奈のキャラクターについて、批判的な視点を押さえているところも好感が持てる。
病気のせいで世間ずれしていないから加奈はそうなっているだけであって、それを本質的な性格として求める者は諭されることとなるのだ。

初回のプレイで到達したのは、加奈が死なずに健康を取り戻す唯一のエンディングだった。
物語展開は上手いがあまりにも上手く行きすぎだろう、と思った。
複数のエンディングのうちの一つだから許されるけど、これが映画や小説なんかのように唯一のエンディングだったら確実に凡作と見なされるに違いない。

次に到達したエンディングでは主人公の献身も空しく加奈は死ぬが、伏線に唸らされた。
次に到達したエンディングでは壊れてしまった主人公にニヤリとさせられた。

しかし本作の本領が発揮されるのは、残り3つのエンディングに繋がるルートだ。
加奈は自分の死期が近づいてくることを悟る。
自暴自棄になりつつも、真っ直ぐ死を見つめるようになる。
残された時間を精一杯生きようと努め死を受け入れる。
ある決断を胸に秘め、安らかに死んでいく。
「願わくば、明日のわたしが、今日のわたしより優れた人間でありますように……」
「今日、海を見た。もう恐くない」
加奈の残した文章に胸を打たれる。
名台詞と言っていい。
「なんだ、『世界の中心で勝手に愛を叫ぶ』だ?勝手に叫んどけ、バーカバーカ」と思うくらいグッと来た。
成就しない恋愛、理不尽な死という悲劇にとどまらず、生きることの意味をプレイヤーに考えさせる深みのあるシナリオだ。
病気が治って生き続ける加奈よりも、加奈というキャラクターの存在が生き生きと感じられる。
いやはや、名作という世間の評判も納得です。

本作のシナリオを担当した山田一といえば2001年の作品『家族計画』のシナリオライターでもある。
プレイしたのは3年くらい前になるけれど、『家族計画』も心にグッと来るいい話だったなあ。
さすがいい物を書く人だ。
2003年の作品『CROSS † CHANNEL』はシナリオライターが山田一(田中ロミオと改名)とは知らずに関心を持っていたのだけど、今年中にはプレイしたいなと思う。

ちなみに『加奈 ~いもうと~』は1999年の作品だけあってパッケージソフトでの入手は難しい。
幸いなことに、アダルトゲームのダウンロード販売を行っているサイト「 BB5 」を利用して入手が可能だ。
プレイの度にオンライン認証が必要らしく、余計な情報も送信されていないかちょっと不安ではあるが……。
なお、2004年には絵を差し替えて声優による音声を加えたリメイク版『加奈…おかえり!!』が発売されているが、これも「 BB5 」で入手できる

| コメント(0) | トラックバック(0)

腐り姫

『 Forest 』をプレイする前に買ったのか、プレイした後に買ったのか。
記憶は定かではないけれど、長らく放置していた『腐り姫 ~ euthanasia ~』
やっとプレイした。
もっと早くプレイしておけばよかったと後悔。

『腐り姫 ~ euthanasia ~』は『 Forest 』と同じくライアーソフトから発売されたアダルト向けノベルゲーム。
企画・シナリオを担当したのも同じ人だ。
『 Forest 』から遡ること2年、2002年の作品。

この物語は、徹底的に近親愛を描いたものである。
妹萌えなんて甘いものじゃない。
そこにあるのは、戦慄。

ある冬の日。
主人公の青年、五樹は父と妹が怪死し全ての記憶を失った。
そして半年後の夏。
記憶を取り戻すため、彼は義理の母と妹とともに生まれ育った故郷の町に戻ってくる。
かつて鉱業で栄え、今は寂れた山奥の町、「とうかんもり」である。
翌8月11日、彼は湖で「蔵女(くらめ)」という名の謎めいた少女に出会う。
真っ赤な着物に身を包んだ彼女は、腐り落ちた果実のような甘い匂いを漂わせる。
実は彼女の持つ爪に傷つけられた者は、内に秘めた情欲を満たされた末に「赤い雪」となって崩壊してしまうのだ。
五樹は彼女の爪に腕を刺される。
蔵女は迷子の少女として受け入れられ、五樹たちと過ごすことになる。
義理の妹は、蔵女が五樹の死んだ妹にそっくりな顔をしていることを指摘し怯える。
そして8月14日、とうかんもりは赤い雪で覆われ、死の静寂が訪れる。

だが時は巻き戻り、五樹は再び8月11日を迎える。
彼が湖で出会うよりも前に、蔵女は迷子の少女として受け入れられていた。
またも世界は8月14日に赤い雪で覆われる。

プレイヤーは初めから物語を始めようとするが、その4日間は等しく赤い雪で覆われて終わる。
だが、『 Prismaticalization 』のように同じ展開がループしているわけではない。
繰り返す4日間は、毎回どこか違っている。
その中で、主人公の過去がフラッシュバックされ、その残酷で忌まわしく痛々しく淫靡な記憶が徐々に明らかになっていく。
五樹を取り巻く女性たち――自称恋人の伊勢、従姉で幼なじみの夏生、義理の母の芳野、義理の妹の潤。
彼女らは、それぞれ彼に秘めた思いと情欲を抱いている。
蔵女に導かれて、彼女らは五樹と交わり、幸福のうちに赤い雪となって腐っていく。
一度赤い雪となった彼女らは、その後の新たな4日間で出会った時にはもはや五樹に執着していない。
あまたのノベルゲームのように、物語が分岐して主人公が様々な女性たちと結ばれるというパラレルワールドではない。
ある目的のために女性たちは一人ずつ消されていくのだ。
彼女たちは単なる通過点に過ぎず、主人公は一点に向かって進んでいく。
つまりこの物語はループに見せかけて、螺旋状に進んでいるのである。

4日間を繰り返していくことに気づき、徐々に記憶が蘇るとともに、記憶の中の「こうであったはず」な女性たちを失っていく。
無力に翻弄され傷ついていく主人公はどこに到達するのか?
蔵女の目的は何なのか?
螺旋の果てに真相が明らかになる。
女性たちに強引に愛されるだけの主人公は、ここで初めて愛し愛される者となる。
物語は完全なループのうちに閉じられる。

何と恐ろしく美しい情念であることか。
永遠の愛、と言えば聞こえはいいが、それは苦痛と背徳を伴って永遠に繰り返す愛なのだ。
死と生が混濁する。
兄と妹の交わりは父と娘との交わりでもあり、母と息子との交わりでもある。
究極の近親愛が描かれた!

敢えて気になった点を挙げるとするならば、終盤の展開が少し性急な感じがすること。
「蔵女は実は○○○でした」「それ何て SF ?」と面食らったままプレイヤーがプレイを終えてしまいそうだ。
プレイヤーには是非とも真のエンディングに到達して物語を結んで欲しい。

あと、盲点モードとおまけシナリオの必要性がいまいち判らない。
作中で流れるテレビ番組とラジオ番組同様、ファンサービスなのかな。

物語が余りにも閉じられてしまっているのも、ある意味欠点と言える。
サイドストーリーという形で拡大消費されることが非常に困難にしているからだ。
「萌え」という甘えに真っ向勝負を挑んで苛烈で過酷な愛を描いた作品がマスの支持を得られるはずもない。
マニアでカルトな支持を得つつも埋もれていく……。

演出面で特筆すべきは、画面構成が一般的なノベルゲームのような「背景に立ち絵」ではなく、ビスタサイズでペン画に彩色を施した風景にセピア色の登場人物がはめ込まれるのが基調となっていること。
登場人物のバストアップも併用されてはいるが、珍しい試みだ。
舞台の存在感が強調されて、伝奇的・退廃的な雰囲気作りに一役買っている。
赤い雪に覆われた終末の光景も、静謐のような佇まいのなかに鮮烈な印象を残し絶妙。
濡れ場の濃厚で粘っこいテキストと音声も世界観に馴染んでいて、単に「商品として流通しやすくするために一応 H シーンを入れときました」といった「感動作」とは一線を画している。
ポルノとしての「実用性」があるかどうかはともかくとして、ゾクっときたものがあったのは確か。

幻想文学や伝奇物語を好む人にはオススメできる佳作だ。
しかし生産・販売は既に終了している。
購入するには中古で流通しているのを探すしかない。
書籍と違って商品寿命と流通期間が短すぎるのは「エロゲー」の世界の悲しいところ。
こういう芸術性の高い作品は、廉価で長く息づいて欲しいものなんだけれど。

| コメント(0) | トラックバック(0)

『ひぐらしのなく頃に』とは?

Windows PC 上で読む、絵と音楽つきの小説(サウンドノベル)です。
ただし、一般に言うサウンドノベルとは違い、選択肢による物語展開の変化は用意されていません。

物語は全8話構成で、現在7話目まで発表されています。
そのうち6話は「昭和58年6月の雛見沢村で殺人事件が起きる」という点で全て共通しています。
同じ登場人物で同じ舞台設定なのに、なぜか毎回違った形で惨劇が発生します。
物語を貫く共通のルールを推理するのが読者の役割です。
いわゆる本格推理小説のように作中の記述から犯人と殺人トリックを推理することは、無意味ではありませんが最終的な目標ではないので予め注意して下さい。
発表順に、前半の4話『ひぐらしのなく頃に』が出題編、後半の4話『ひぐらしのなく頃に解』が解答編に相当します。

  1. ひぐらしのなく頃に 鬼隠し編 (2002年8月公開)
  2. ひぐらしのなく頃に 綿流し編 (2002年12月公開)
  3. ひぐらしのなく頃に 祟殺し編 (2003年8月公開)
  4. ひぐらしのなく頃に 暇潰し編 (2004年8月公開)
  5. ひぐらしのなく頃に解 目明し編 (2004年12月公開)
  6. ひぐらしのなく頃に解 罪滅し編 (2005年8月公開)
  7. ひぐらしのなく頃に解 皆殺し編 (2005年12月公開)
  8. ひぐらしのなく頃に解 祭囃し編 (2006年公開予定)

物語はオカルト、ホラー、サイコサスペンス、ミステリー、学園ドラマ、伝奇、SF、萌えといった要素を含んでいます。

どこで買えるの?

アマチュア製作の作品なので、一般の書店やゲームソフト販売店では売られていません。
「同人誌販売店」と呼ばれる、アマチュア製作の本やゲームソフトを販売する店で購入できます。

2006年1月現在で販売されているのは『ひぐらしのなく頃に』(全4話収録)と『ひぐらしのなく頃に解 皆殺し編』(全4話のうち「目明し編」から「皆殺し編」までの3話収録)です。
価格は『ひぐらしのなく頃に』が1,575円。
『ひぐらしのなく頃に解 皆殺し編』が1,050円。

なお、「鬼隠し編」のみ、製作者であるサークル「 07th expansion 」の web サイトから無料ダウンロードできます。

| コメント(0) | トラックバック(0)

ノベルゲーム『ひぐらしのなく頃に』シリーズも2005年12月30日公開の『ひぐらしのなく頃に解 皆殺し編』で早や7作目である。
主に古手梨花による視点で描かれるこの物語によって、これまで積み重ねられてきたほとんどの疑問に解答が与えられる。
そして『ひぐらしのなく頃に』の作品世界を貫く真の黒幕が姿を現すのだ。
推理小説で言えば、犯人が判明するクライマックスである。
しかし作中の人物たちがそれに気がつくのは遅すぎた。
またも黒幕によって惨劇が引き起こされる……。

本作で明らかになるのは、例えば以下に挙げる事柄である。

  • 「オヤシロ様」の正体
  • 「オヤシロ様の祟り」の正体
  • 富竹ジロウの正体
  • 鷹野三四の正体
  • 入江京介の正体
  • 寒村の中にあるのに入江診療所が妙に立派な理由
  • 古手梨花が注射器を所有していた理由
  • その注射器の中身
  • 雛見沢大災害の原因
  • 綿流しの晩に富竹ジロウ・鷹野三四が必ず死亡する理由
  • 綿流しの晩に倉庫に忍び込んだときに聞いた音の正体
  • 「鬼隠し編」冒頭の「ごめんなさい」という台詞の意味
  • 「祟殺し編」で北条沙都子が錯乱した理由
  • 「祟殺し編」で古手梨花を殺害した犯人
  • 「祟殺し編」で大石・熊谷が行方不明になった理由
  • 「祟殺し編」で前原圭一だけが「雛見沢大災害」を生き延びた理由
  • ダム工事事務所殺人事件の真相
  • 北条夫妻死亡事故の真相(但し明示されていない)
  • 営林署に残された弾痕の正体

判ってしまえば、あれだけ頭を悩ませた謎もなんでもない。
そもそも「こんなん推理できるか!」という事柄もある。
何せミステリーの禁じ手を使っているのだから。
しかし『ひぐらしのなく頃に』はミステリーだなんて自称したことはない。
ゲームなのだ。
謎を解こうと考えを巡らしたり、議論したりすることを楽しむゲームなのだ。
私は十分楽しませてもらった。

そして真犯人が明らかになった今なお、ゲームは続いている。
完結編となるであろう次回作では、大団円が約束されている。
作品内で示唆されているように、「雛見沢の面々が如何にして真犯人に立ち向かうのか」を想像することが、次回作が発表されるであろう8ヵ月後までに与えられた課題である。
その際留意すべきは、明確となったこの作品のテーマだ。

仲間を信頼すること。
一人で悩まずに誰かに相談すること。
諦めずに精一杯手を尽くすこと。
強い意志が物事を成し遂げること……。

| コメント(0) | トラックバック(0)

早いもので2005年ももうすぐ終わり。
年末といえば有明のまんがまつりで『ひぐらしのなく頃に』の続編が世に出る頃合である。
有明まで行く暇も金もなければ、同人誌販売店の店先で行列に並ぶ根性もない私は通販で予約しようと先日「とらのあな」の web サイトを訪れた。
すると『花咲くオトメのための嬉遊曲』の新作、『花咲くオトメのための嬉遊曲-イレギュラーズ』『花咲くオトメのための嬉遊曲ビジュアルファンブック』の予約開始が告知されてるじゃありませんか。

12月30日発売開始だから、12月30日になるとページごと削除されるかも。

『花咲くオトメのための嬉遊曲』は女子高校野球をテーマにした、アマチュア製作の恋愛ノベルゲーム。
以前当サイトでも話題にしたことがある。
「彼女たちの物語をもっと読みたい」と書いた私だからサイドストーリー集が出るのは非常に嬉しいのだけど、予約ページを見ると露骨にエロですな。
私はエセ山際淳司かつ衒学的な文体と野球の描写のマニアックさが気に入った口だから、エロは別に要らんのだが……。
そりゃまあ私も男だからエロは否定しないけど、濡れ場の描写が「恋愛ノベルゲームだし売るためには一応つけとかないと」というお約束に基づいたミスマッチ感を備えつつ、欲情を誘うより笑いを誘うものであったので、それをメインに求めるつもりはないのです。
しかしサンプル CG でユニフォーム姿のままナニしてるところを見ると嫌な予感がする。

ちゃんと野球シーンが描かれているといいなあ、青春してればいいなあという期待を込めつつ、さくっと予約した私であった。

| コメント(0) | トラックバック(0)

大抵のノベル型アドベンチャーゲームでは、プレイヤーがテキストを読み進めていくと途中で選択肢が現れ、物語の主人公の行動や台詞を選択することになる。
例えば「追いかける/追いかけない」「『俺のせいじゃない』/『ごめん……』/何も言わない」といった具合だ。
そして選ばれた選択肢によってシナリオが分岐する。

『 Prismaticallization 』(プリズマティカリゼーション)は、そんなシステムを廃したノベル型アドベンチャーゲームだ。
発売は1999年。
プレイステーション版とドリームキャスト版がある。
2002年には「 SuperLite1500 」シリーズに収められ、1,500円という廉価で発売された。
現在は生産されていないので、入手するためには中古ゲーム販売店を巡るか、ネットオークションを利用するしかないだろう。
ちなみに私はプレイステーション版を購入したが、ネット通販の中古ゲーム店を利用して送料込で3,600円を費やした。

『 Prismaticallization 』の製品パッケージには、「 L'acte est vierge, même répété 」と書かれている。
「行為は処女である、たとえ繰り返されても」――ルネ・シャールの詩の一節だ。
このことは『 Prismaticallization 』の物語がいわゆる「ループもの」であり、衒学趣味の強いことを暗示している。

物語

主人公は高校三年生の少年。
ある夏休みの日、午前9時。
幼馴染の少女、柊明美に一緒に受験勉強をしようと誘われて、彼は彼女の親の友人が所有する避暑地の山荘にやってくる。
といっても、明美はいわゆるギャルゲーにありがちな「幼馴染」ではない。
小学生の頃に付き合いはあったが、以降はまともに話をしたことはないという関係だ。
そして主人公はその山荘で、4人の女性に出会う。
「ははあ、そこで主人公は彼女らと恋に落ちるんだな……」と思うと大間違い。
山荘に到着して翌朝の午前9時を迎えるかというところで、突然物語は終わる。
そしてゲームを続行しようとすると、始まるのは再び前日の午前9時からの同じ1日だ。
主人公たちとプレイヤーは、ひたすら同じ1日を循環する。
「ループもの」の物語では大抵、主人公はループから脱しようと足掻くけれども、本作の主人公は自分が同じ1日を循環していることを知覚していない。
知覚しているのはプレイヤーと、作中のある人物だけである。

シナリオ分岐システム

冒頭で触れたように、プレイヤーは主人公の行動や台詞を選択できない。
しかし、この作品には登場する5人の女性それぞれを巡るエンディングが存在する。
一体どうやってシナリオが分岐するのか?

実は作品内の最初の「1日」が終わる直前、主人公は水晶の柱のような謎のオブジェを拾う。
それ以降、作中でプレイヤーはそのオブジェに「状態」を記録するかどうか求められる場面に遭遇することになる。
そしてその記録は次回以降の「1日」で特定のシーンに差し掛かると自動的に消費され(ゲーム内では「解放」と呼ばれる)、物語の展開が変化するのだ。
例えば午後から雨が降ることになるシーンでは「午後から雨天」という「状態」を記録すると、次回の「1日」ではその記録が「解放」されて、必ず雨が降る。
ある展開では、山荘のメンバーがバトミントンをプレイすることになるが、バトミントンの勝負に主人公が負けたときに「バトミントンの技術」という「状態」を記録できるようになる。
「バトミントンの技術」を記録すると、次にバトミントンをプレイする展開になったときにその記録が「解放」され、主人公は勝負に勝利する。
バトミントンをプレイする展開にならなければ、その記録は次回に持ち越しである。

「状態」の中にはプレイヤーが過去に「解放」したことがあるかどうかで、「解放」されても異なる展開になるものがある。
エンディングに到達する(=ループから脱する)ためにはその「状態」を手に入れて何度も「解放」してやらなければならない。

ありがたいことにネットには解法を記した web ページがいくつかあるので、面倒臭がりの私はその解法に沿ってゲームを進めた。
それでも1つのエンディングに到達するためには10回以上のループが必要だ。
5つのエンディングを全て見るためには合計80回ほどループしなければならない。
解法を見ずにゲームを進めるなら、200回、300回とループしなければならないだろう。
文章を早送りする機能があるのと、「1日」が短いため1回あたり数分で済むのがせめてもの救いだ。

キャラクター

本作のシステム上、主人公は明示された選択肢の中から(プレイヤーに指示されて)選択を行うことがない。
それに呼応するかのように、本作の主人公には主体性がない。
ただ成り行き任せに生きている。
しかし彼はそのことを十分自覚している。
主人公は「普通の高校生」を自称しているが、雑学的知識を豊富に持ち合わせていて、その知識をフィルターにして常に分析的に物事を見ている。
彼自身もその分析の対象であり、始終自己分析を行っている。
その理屈っぽさや衒学趣味は大いに好みが分かれるところだと思う。
「永劫回帰」「超人」「ノエマ」「ノエシス」「ハイデガー」なんて単語を見せられて、ニヤリと出来る人でないと楽しめなさそうだ。
圧巻はヒロインの一人、琴原みゆ。
小学6年生なのに感情を表に出さず、知性は非常に早熟で、「エポケー」「コギト」「デペルソナリザシオン」なんて単語を繰り出してくるミステリアスな少女である。
主人公が小学生と哲学問答を行う様は異様だが、私には面白可笑しく思えた。

ヒロインはそれぞれ悩みを抱えていて、主人公の言動によってその悩みが解決する方向に向かうとエンディングとなる。
ネタバレになるのでその悩みの内容は詳述しないが、全て人間関係についてのものだ。
彼女たちはみんな愛情を求めている。
ただ一人、主人公を除いて。

グラフィック

衒学的な文章に似合わず、可愛い女の子の絵が始終登場する。
キャンバス地風の処理がなされた背景に、紙にコピックで彩色したかのような独特の絵が重ねられていて味がある。
オープニング動画は線画のアニメーションで、私の趣味に合致して好ましく思う。

描いているのはイラストレーターの森藤卓弥(射尾卓弥)。
彼は「プリズマ大先生」という愛称(もしくは蔑称)で知られている。
私も本作のことを知ったのは「プリズマ大先生」というあだ名から。
本作が発売されてから Web 上で繰り広げられた本作への批判に対して、彼が Web 上に公開した文章がギャルゲー愛好家の反感を買い、揶揄としてそう呼ばれるようになったらしい。その発言については、作り手の心情としてはもっともだが、客が見ているところで吐くのは商売上よろしくないと思った。

まとめ

革新的なゲームシステムと癖の強い文章はプレイヤーを激しく選ぶ。
のめり込む人と非難する人の両極端に分かれるだろう。
解法を見ずにプレイするのは辛い。
しかしそれだけに、作品の構造面で作り手が緻密に設計を行っていることを実感させられる。
娯楽性よりも芸術性や完成度の高さを追求した作品だ。
インテリ趣味でオタクな人にはオススメだが、入手しづらいのが残念。

追記:2008年より、PlaystationStoreでダウンロード販売開始。PS3 用と PSP 用。

関連 Web サイト

| コメント(0) | トラックバック(0)

ICO PlayStation 2 the Best

『天空の城ラピュタ』といえば、何度も地上波 TV で放送されている映画だから、その筋書きを知っている人は多いと思う。
今は滅びてしまった古代文明によって建造された空に浮かぶ城、ラピュタ。
そこに行くことを夢見る少年パズーが、ラピュタ人の王家の末裔の娘、シータと偶然出会うことから始まる冒険物語である。
映画の終盤、パズーとシータはラピュタの財宝を狙う海賊の力を借りて、ラピュタに到達する。
主を失い荒廃した城を二人は探索する。
だがラピュタに残された超兵器を狙う政府の役人ムスカ――彼もまたラピュタ人の王家の末裔である――の手引きで政府軍もラピュタに到達していた。
政府軍によってシータは拘束されてしまう。
そしてムスカは政府軍を裏切り、伝承に従ってシータとともにラピュタの中枢部へ到達。
ラピュタの超兵器によってシータとともに世界の王として君臨しようとする。
一人逃れたパズーは、壁を伝ったり、蔦にぶら下がったりしながらラピュタの中枢部へ入り込み、ついにシータと再会する。
パズーとシータは滅びの呪文を唱え、ラピュタは崩壊。
ムスカの野望は潰えるのだった――。

シータとともにラピュタを歩き、シータを救うためにアクロバティックなアクションをやってのけたパズー。
『 ICO 』をプレイして抱いたのは、自らがそんなパズーになったかのような感覚だった。

『 ICO 』は2001年に発売されたプレイステーション2用のゲームソフトだ。
名作として名高く、現在では「 PlayStation 2 the Best 」に収められ1,800円という廉価で販売されている。
コンピュータ・ゲーム好きな小説家の宮部みゆきが惚れこみ、小説化したことでも有名だ。

この作品の主人公は『キン肉マン』のバッファローマンのように角の生えた少年、イコである。
舞台は中世か近世の西洋を思わせる意匠を備えた世界。
「角の生えた子供は生贄にならなければならない」という村の掟により、イコは神官に連れられて孤島に建つ古城にやってくる。
拘束されたイコは生贄としてカプセルに閉じ込められ、置き去りにされる。
だが突然起きた地震によってカプセルが落下し、イコはカプセルから放り出された。
解放されたイコは城の中で檻に閉じ込められていた謎の少女を発見する。
彼女を檻から救い出したのはよいものの、イコと少女は言葉が通じない。
しかしイコは少女に手を差し伸べる。
一緒に城を脱出しよう、と。

こうしてプレイヤーはイコを操作し、少女を連れて城からの脱出を目指すことになる。
無人の城には様々な仕掛けがなされており、ある場所では通路らしい通路がなく、二人の行く手を阻む。
身体能力に優れたイコは壁の出っ張りを足がかりに壁を伝ったりよじ登ったりすることができる。
足場のないところではパイプにぶら下がって移動したり、鎖にぶら下がって反動を用いて離れた場所へ飛び移ったりできる。
しかし少女にはそれができないので、少女でも共に進めるようなルートをパズルのようにその都度イコがお膳立てしてあげなければならない。
おまけに時折謎の影が少女を襲い、少女を影の巣へと引きずり込もうとする。
少女が完全に影の巣に飲み込まれてしまうと、そこから発生する不思議なフィールドがイコを石化させゲームオーバーとなってしまう。
謎の影を角材で撃退しつつイコは脱出ルートを探さなければならない。
足手まといでしかない少女を置きざりにしてイコだけで脱出はできないのだろうか。
行く先々に少女が近づくことで開く謎の扉があるため、それはできないのである。

少女はイコが呼んだり、手を握って引っ張ってあげたりしない限りイコについてこない。
「とっとと来いや、このクソ女!」と内心毒いたり、「オラオラ、姉ちゃん、こっちに来てワシとええことやろうや」などと阿呆な台詞を勝手にあてがったりしつつゲームを進めていく私だったが、少女のために道を作り、襲って来る敵から彼女を守ってあげているうち、少女に対して情が移ってくる。
城からの出口を確保し、「やっと城から脱出できる!」と思うも束の間、イコと少女は引き離されてしまう。
そして気づかされるのだ。
イコは少女を守っていたが、少女もまたイコを守っていたことに。
彼女を救わなければ!
気持ちが盛り上がり、コントローラを握る手には汗が滲む。
そして「城の主」との決戦に勝利するも、待ち受けているのは切ない結末。
主を失って崩れ落ちる城を目にしながら、少女と過ごした冒険の数々とその終焉に一抹の寂しさを禁じえないのだった。

プレイ中、BGM は基本的に存在せず、聴こえてくるのは二人の足音や風の音、鳥のさえずりなどの効果音だけ。
また、イコと少女が言葉を交わすことはほとんどない。
それだけに3Dで作りこまれた城の存在感が増し、ゲーム中の世界に浸ることができる。
3Dのカメラ視点もなかなかよく考えられていて、新たに進めるようになった場所に踏み入れたとき、先がどうなっているのかすぐには掴めない。
そこがどんな場所なのか、断崖絶壁なのか、降りられる場所はあるのか――周囲を見渡す緊張感を与えてくれる。
かつて通った場所を高いところから見下ろしながら落ちると即死な場所を通らなければならない場面も多々あり、高いところが好きだが同時に高所恐怖症である私にとっては、爽快感と緊張感がないまぜになって心地よかった。
海に面した断崖絶壁では「天皇陛下バンザーイ!」と叫びながら海に飛び降りて死に、玉砕気分を味わうのもまた楽しい。

なぜ角の生えた子供は生贄とならなければならないのかとか、城が何のために建築されたのかとか、「城の主」がなぜそこにいるのかといった事柄が一切説明されないままゲームは終了するが、それがまた想像の介入する余地を生み出し面白い。
まず「少年が異世界に入り込み、少女の愛情を得て脱出する」というプロセスから、少年のイニシエーションとしての物語と解することができる。
「心地よいながらも脱出しなければならない場所」として城を母胎になぞらえ、少女との邂逅を受精に、「城の主」との対決および城の崩壊を母胎との決別=出産と解釈することもできるだろう。

ともあれ、アクションとパズルというメインのゲーム要素においては、アクションゲームがあまり得意ではない私でも何とかクリアできたし、パズルも解き方の見当が付きやすく、バランスよく作られていると思う。
敵との戦闘は少し鬱陶しく思ったが、まあ許容範囲内だ。

『 ICO 』を秀作と呼ぶのにいささかの躊躇も覚えない。
それがわずか1,800円。
売り手の決断を称えたい。
そして多くの人にお勧めしたくなる作品である。

| コメント(0) | トラックバック(0)

ノベル型の恋愛アドベンチャーゲームを連続してプレイして、脳みそがゲーム脳になっているうちにメモ。
なお、下記は男性をプレイヤーと想定しているであろう作品に限る。

キャラクター設定

  • 主人公は男性
  • 主人公は高校生でも一人暮らし
  • 主人公の父母は仕事のため主人公を残して遠方に居住しているか、既に死亡している
  • 主人公は一人暮らしでない場合、親戚の家に住んでいる(その家に男はいない)
  • 主人公に兄弟姉妹はいない
  • 主人公には幼馴染で現在も仲の良い少女がいる
  • 主人公は幼い頃女の子と一緒によく遊んだが、すぐ離れ離れになってしまったという過去を持つ(そして気づかないうちに再会する)
  • ヒロインの父親は主人公と対立する存在
  • ヒロインの父親は、ヒロインが小さい頃に死んだか、離婚してヒロインのもとから去っているか、ヒロインと折り合いが悪いか、物語に元から登場しない
  • ヒロインの母親は主人公を歓迎するか、物語に元から登場しない
  • ヒロインには同年代の女性の友人がほとんどいない
  • 主人公の現環境には父性が欠如しているか極めて希薄
  • ヒロインの母性で主人公が救済される

物語展開

  • 主人公がヒロインと出会う(あるいは旧知の仲) → 一緒に過ごす時間が増える → ヒロインが主人公に好意を深めていくが主人公は鈍感なので気づかないか、気づいていても曖昧な態度でごまかす → トラブル発生 → ヒロインに対する気持ちを確信する主人公 → トラブル解決 → 主人公とヒロインが結ばれる

主人公とヒロインが遭遇するトラブルの例

  • ヒロインが突然転居することになる
  • ヒロインの父親が交際に反対する
  • ヒロインが主人公は別の女の子が好きだと疑って主人公を避けるようになる(逆の場合もあり)
  • ヒロインに隠されていた彼女の出自が明らかになる(そしてヒロインは主人公の前から去る)
  • ヒロインが隠していた彼女の過去や人間関係や職業が主人公にばれる(そしてヒロインは主人公の前から去る)
  • ヒロインが病気か事故で死に掛ける
  • ヒロインが記憶喪失になる
  • ヒロインに別の男が交際を迫る
  • 主人公に惚れた別の女の子が主人公を巡ってヒロインと喧嘩する
  • 主人公に惚れた別の女の子が主人公に交際を迫り、ヒロインが身を引こうとする
  • 誤解が元でヒロインがグループ内で仲間はずれになる
| コメント(0) | トラックバック(0)

SuperLite 2000シリーズ アドベンチャー 想い出にかわる君 ~Memories Off~

「棚に積まれたゲームソフトをどんどん消化しようキャンペーン」を世の絶賛を受けることもなく行っている私。
新たに『想い出にかわる君 ~ Memories Off ~』をクリアした。

『想い出にかわる君 ~ Memories Off ~』は恋愛アドベンチャーゲーム『 Memories Off 』シリーズの第3作で、2002年に発売された作品。

物語の時代設定は『 Memories Off 』( 1st )の約2年後、『 Memories Off 2nd 』の約1年後で、前の2作と同じ鉄道沿線にある街を舞台としている。
また、前の2作の登場人物が脇役として数名登場し、時に物語の展開に重要な役割を果たしている。

物語の主人公である青年、加賀正午は、大学入学後1人暮らしを始めたが講義にはほとんど出ず、アルバイトもせず行きつけのカフェに入り浸る毎日を送っている。
そのカフェで彼はかつて付き合っていた女性、黒須カナタと再会を果たす。
カナタは高校生だった3年前、正午に何も語らないまま突然転校し、連絡を絶っていたのだ。
カナタのことをまだ少し引きずっている正午に対して、カナタの方は何事もなかったかのように振舞い、その後カフェや街頭で幾度となく顔をあわせるようになる。

シナリオはプレイヤーの選択によって途中から大まかに3つに分かれる。
もちろんこの手のゲームのお約束で、登場する女性キャラクターと恋仲になることがゲーム進行上よい結末ということになる。
対象となる女性キャラクターは、街頭で出会う少女が2名、大学で出会う女性が2名、カフェで出会う少女が2名。
それぞれのルートにおいて、2名が正午を巡って対立する。
平たく言えば嫉妬と奪い合いだ。
そこで彼女らがそれぞれ抑圧している「対人関係」、「親子関係」、「姉妹関係」の問題(順は上記に同じ)が表面化してくる。
正午が対応を誤ると目当ての女性キャラクターが正午の前から去ってしまうか、ぎこちない関係のまま物語は終わる。

6名すべてについて、それぞれ恋仲となるエンディングを達成すると、「トゥルーストーリー」と名づけられたシナリオへと進むことができる。
正午と6人の女性の一人、荷嶋音緒が恋仲になったのもつかの間、登場人物の一人が事故で死んでしまい、それを契機に正午の心は音緒とカナタとの間を揺れ動くことになる。

恋愛アドベンチャーゲームというと、およそ主人公が高校生で主人公を取り巻く人物も高校生であり、毎日が自宅と高校との往復ばかりというものが多い。
しかし本作の場合、主人公と恋仲になる女性陣こそ高校生あたりの年代である割合が高いが、主人公と主人公を支え導いていく脇役陣が高卒以上で固められている。
このため若者群像劇的な色彩を帯び、人生訓を含んだ会話がしばしば挿入されて、主人公と女性キャラクターの成長物語という側面が強い。
また、いわゆる「ギャルゲー」では扱いの悪い男性キャラクターたちも比較的魅力の高い人物となっている。
特にシリーズ3作連続で主人公の親友役として狂言回しを演じる稲穂信。
第1作の2年後にまさかこんな男前な奴になることを誰が想像できただろうか。
にもかかわらず全く恋愛に恵まれない彼が不憫だ。

それに比べて正午の頭の悪さが目立ち、感情移入を妨げる。
「ギャルゲー」の主人公を、女性キャラクターにアクセスするためのデバイスでしかないと割り切れば、主人公が鈍感だったり、傍観者的な態度を取ったり、没個性的だったりするのは理解できなくはない。
だが大学生とは思えないほど情緒面や知識面でレベルが低いのはいただけない。
主人公の親友役が「ギャルゲー」最高クラスな一方で、当の主人公は底辺クラスのダメな奴である。

感情移入を妨げるといえば、カナタのキャスティングもそうだ。
「 1st 」で重要な役どころであるヒロインの声が悪くて興醒めした悪夢が再来。
カナタの声が素人じみてて気分が萎える。
ひょっとしたら大人の事情があるのかもしれないが、納得できない。
カナタ自体のキャラクターはこの手のゲームにはあまりないタイプで面白いだけに残念。
(具体的に言うと、カナタは正午に「お前」と呼ばせず対等の立場であることを求めるし、正午から逃げて別の男と付き合っていた期間のことを物語の最後までほとんど語らないまま。また、男に媚びた態度を取らない。胸にはタトゥーを入れている。)

私の好みで言うと、本作はシリーズ3作中で一番好きだ。
しかし結局家庭用ゲーム機の作品だけに、登場人物たちの年代なら当然関わってくるであろうセクシャルな面が隠蔽されており、根本的な不満足感は解消されない。

| コメント(0) | トラックバック(0)

SuperLite 2000シリーズ 恋愛アドベンチャー メモリーズオフ・デュエット

『 Memories Off Duet 』は 『 Never7 』『 Ever17 』『 Remember11 』( Infinity シリーズ)を世に送り出したゲーム会社 KID が製作した、プレイステーション2用のノベル型恋愛アドベンチャーゲームである。
発売は2003年で、現在「 SuperLite2000 」シリーズに収められ、2,000円程度で購入できる。
中身は1999年に発売された『 Memories Off 』、2000年に発売された『 Memories Off Pure 』、2001年に発売された『 Memories Off 2nd 』、そして追加シナリオ『 Memories Off 雪蛍』から成っている( Memories Off シリーズ )。

美少女ゲームにありがちな、口癖によってヒロインのキャラクター性を強調する技法はないし、ヒロインは委員長や超能力者やメイドロボや宇宙人や武術家や巫女や身体障害者ではない。
「萌え」よりも物語性を重視した作りとなっている。
シナリオ製作には Infinity シリーズのシナリオを担当した打越鋼太郎が参加している。

Memories Off

順当に、初代作品からプレイしてみた。

物語は、主人公である高校生、三上智也が幼馴染の少女、桧月彩花と会話しているシーンから始まる。
彩花は智也をデートに誘う。
しかし場面は変わり、智也ともう一人の幼馴染の少女、今坂唯笑の二人が高校生活を過ごすシーンが続く。
そこに彩花はいない。
オープニングムービーの彩花には白い翼が描かれている。
ああなるほど、そういうことね。
冒頭のシーンでは智也も彩花も高校生ではなかったのだ。
そんなわけで過去を引きずっている智也と、それぞれの事情で過去を引きずっている少女たちとの恋愛模様が描かれることになる。

物語中で現れる選択肢をプレイヤーが選択することにより、智也は過去を克服して登場する少女たちとの誰かと結ばれる。
明確なバッドエンドはない。

唯笑と結ばれるルートでは過去のことでかなり葛藤に苦しむ智也だが、ヒロインの一人、霧島小夜美と結ばれるルートではあっさり過去を解決してしまっていて、首を傾げてしまう。
そもそも全体的に物語展開がぬるい。
「嫉妬に狂った唯笑が主人公を刺殺し、自分も首に刃物を突き立てて自殺、血の海のなか『これで永遠に三人は一緒だよ……』とつぶやく」みたいな凄惨な終わり方があってもよかった。
家庭用ゲームだから難しいだろうけど。
悪趣味ですみません。

また、要となるキャラクターである彩花を演じる山本麻里安の演技はお世辞にも上手とはいえない。
冒頭のシーンで初めて彩花の声を聞いたとき、「なんだこのちょっと上手な素人さんみたいな声は!」と思ってしまった。
お陰で彩花が登場するたびに興醒めしてしまう。
物語展開上、彩花を魅力的に描かないと主人公の葛藤や迷いが読み手に迫ってこないのに……。
山本麻里安は本作の主題歌も歌っているが、これも下手。

あまり満足できる作品ではなかった。

Memories Off Pure

『 Memories Off 』の主人公たちの中学生時代を描いた物語。
ここで主人公が彩花とくっつきさえしなければ、彩花と『 Memories Off 』の某ヒロインは、背中に翼が生えるようなことはなかったのだ。
感動するよりもむしろ呆れた気分になった。

Memories Off 2nd

『 Memories Off 2nd 』は『 Memories Off 』の続編で、前作のおよそ一年後が物語の舞台となる。
登場人物は全く異なるが、前作で狂言回しを演じていた人物が、こちらでも脇役で登場する。
また、前作でも物語の舞台が湘南地区をモデルにしていることを思わせていたが、今作ではそれがより明確になっている。

物語の冒頭から、主人公の少年、伊波健には交際中の彼女、白河ほたるがいる。
ほたるは健と同じ高校に通う少女で、年齢不相応な子供っぽい面はあるが聡明で快活。
ピアノ奏者として卓越した才能を持っている。
健はサッカー部を引退してから目標を見失っており、コンクールを目指して練習に打ち込むほたるに引け目を感じている。
そんな中、健は他の女性に心を惹かれていく。
健の浮気相手は健の同級生、健の通う高校の臨時講師、健のアルバイト先の同僚、ほたるの姉、ほたるの親友の計5名。
おかげで物語はドロドロして葛藤と修羅場を抱え、家庭用ゲーム機の恋愛アドベンチャーゲームとしては少し深みのあるものとなっている。
健が浮気せずに終わる展開も用意されている。

健が浮気相手のヒロインと親密になるシナリオに進んでも、選択肢によってバッドエンドに至ることがあり、これがなかなか楽しい。
バッドエンドは、ヒロインが海外へ逃亡したり、才能を開花させることのないまま主人公の前から去ったり、放火の末に自殺したり(ついでに主人公の親友は失踪)、電車に跳ねられて死んだりと、悲惨だ。
さすがにほたるは心優しい少女なので、嫉妬に苦しんでもヒロインを刺し殺したりはしないが、それはそれで切ない。

全体として、心変わりする自分への主人公の葛藤よりも、ヒロインそれぞれが抱える葛藤の方が強く、主人公のダメっぷりが目立つ。
こんな主人公のどこにヒロインたちは惚れるのやら。
まあ、恋なんて不可抗力的に落ちるもので、理由なんか分かりはしないんだけど。
いまいち感情移入しづらい主人公だが、心移りしてしまった後にほたるに対して主人公が抱く疎ましさは何となく同意できる。
贅沢なことだけど、自分の望まない好意を熱心にぶつけられるのって鬱陶しいんだよなあ。

ところで、本作では白河ほたるがピアノ奏者という設定から、音楽ネタが物語の味付けに使われている。
彼女がコンクールで弾くのがリスト作曲の「愛の夢 3つのノクターン 第3番 変イ長調 『おお、愛しうる限り愛せ』」( Liebestraume: 3 Notturnos No. 3 - O Lieb, so lang du lieben kannst )
聞いたことがあるんだけど名前が分からなかったのが、このゲームのお陰で名前判明。
早速 CD を買ってしまった。
個人的にはこれだけでも収穫だ。

ともあれ、前作よりもドラマ性、キャラクター性、演出、グラフィックなど全てが上回っている。
一般大衆に受け入れられる程ではないけれども、家庭用ゲーム機での恋愛アドベンチャーゲームとしては優秀だと思う。

ちなみに本作には、公募によるおまけシナリオと公式のおまけシナリオが併せて20本あり、本編シナリオ全てと19本のおまけシナリオをクリアすると、最後の1本をプレイできるようになる。
このシナリオではキャラクターの着せ替えを楽しめるほか、ゲームを終わらせて現実に帰るようプレイヤーを諭し、作品を締めくくる。
メタフィクション的で親切な仕掛けが心憎い。

Memories Off 2nd 雪蛍

『 Memories Off 2nd 』の健とほたるの馴れ初めを三人称で描いた物語。
健に思いを募らせ奮闘するほたるの姿がいじらしい。
こんなドラマチックな馴れ初めなのに『 Memories Off 2nd 』で他の女に走る健は最低野郎だ、歯ァ食いしばれ!
この物語を読んでから『 Memories Off 2nd 』を振り返ると、健に捨てられるほたるが可哀想で切なさが増す。
読者にそういう風に思わせた点でこのシナリオは成功だといえよう。
このシナリオ一本で少女マンガ一冊作れそうだ。

まとめ

「萌え」要素が抑制されている分、オタクの世界ではマイナーな作品であるように思われるが、本作以後も毎年のようにシリーズ作品が発売されていることから、そこそこの人気を保っているらしい。
なるほど、恋愛アドベンチャーゲームをプレイしたことのない人にもお勧めできる程のレベルではないが、好んでその手のゲームをプレイする人には訴求力を持った作品だと思う。
2,000円という値段はお買い得である。

| コメント(0) | トラックバック(0)

SuperLite 2000 シリーズ Remember11 -the age of infinity-


私が絶賛してやまないアドベンチャーゲーム『 Ever17 - the out of infinity - 』
その次回作、『 Remember11 - the age of infinity - 』は買ってからずっと棚に積みっぱなしにしていたのだが、休暇を活用してこのほどようやくプレイした。

結論から先に言うと、この作品はキング・オブ・メタフィクションである。
そのシナリオ構成は恐ろしく精巧に設計されており、舌を巻かざるを得ない。
しかし技巧に走りすぎた分、難解になってしまっていて、多くの人に勧めるのは難しい。

物語

『 Infinity 』シリーズ第1作『 Never7 -the end of infinity- 』では、作中で女性キャラクターと恋愛関係になって結末を迎えることがプレイヤーへの課題であった。
第2作『 Ever17 -the out of infinity- 』ではサバイバルと謎解きがプレイヤーへの主な課題となり、恋愛はそのための手段に過ぎなくなった。
第3作である『 Remember11 - the age of infinity - 』(以下、『 Remember11 』)では、ついに恋愛が課題ではなくなり、プレイヤーへの課題はサバイバルと謎解きに絞られている。

『 Remember11 』の物語はまず「冬川こころ」という女性の視点で語られ、その視点でのグッドエンディングを迎えると、「優希堂悟」という男性の視点で物語が語られる。

2011年1月11日、北海道の孤島にある特別精神医療施設「 SPHIA 」に軟禁されている連続殺人犯、犬伏景子と面会するため、冬川こころは北海道へ向かう飛行機に搭乗する。
その機内で冬川こころは楠田ゆにという11歳の少年と知り合う。
彼女たちを乗せた飛行機は青森県の朱倉岳に墜落してしまうが、冬川こころが意識を取り戻したとき、彼女はなぜか目的地である「 SPHIA 」にいた。
しかも彼女の肉体は優希堂悟と呼ばれる人物になっていた。
一方、墜落事故に遭った冬川こころの肉体は、生存者によって現場付近の避難小屋に運ばれており、優希堂悟の人格が入っていた。

「 SPHIA 」にいるのは、優希堂悟の肉体のほか、涼陰穂鳥と名乗る犬伏景子、内海カーリー、楠田ゆにの4人。
避難小屋にいるのは、冬川こころの肉体のほか、黄泉木聖司、黛鈴、楠田ゆにの4人。

「 SPHIA 」の優希堂悟の肉体は何者かに命を狙われているらしい。
また、避難小屋の冬川こころの肉体も、救助隊が来るまでの間、真冬の雪山で命の危険に晒されている。
冬川こころと優希堂悟の人格は前触れなく頻繁に入れ替わり、彼らを翻弄する。
彼らは生き延びねばならない。
特に冬川こころの置かれた状況は厳しい。
避難小屋には、避難していた事故の生存者たちが2011年1月17日に発生した雪崩によって、楠田ゆに以外全員死亡したことを告げる新聞が置かれていたのだ。

なぜ未来の出来事を記した新聞があるのか。
なぜ楠田ゆにだけは「 SPHIA 」と避難小屋の両方にいるのか。
なぜ人格の入れ替わりが起こるのか。
物語を進めつつ、プレイヤーはそれらの謎に迫っていくことになる。

メタフィクション

生き延びるために、冬川こころと優希堂悟は奮闘する。
ゲーム中、数多くの選択肢が現れるが、選択を間違えると死へと繋がる選択肢があちこちに仕掛けられている。
エンディングの数は33個もあるが、そのうち冬川こころと優希堂悟が生き残るエンディングは2個だけで、残りは全てバッドエンディングである。
バッドエンディングを迎えたプレイヤーは、グッドエンディング目指して何度も何度も物語をやり直すことだろう。
そう、冬川こころと優希堂悟が生き延びるために実際に奮闘しているのはプレイヤーにほかならない。

そしてグッドエンディングにおいてプレイヤーは、やっとハッピーエンドを迎えたと思うのも束の間、衝撃的な謎かけを浴びせられることになる。
謎を残したまま、グッドエンディングは終わる。
謎が解明される真のエンディングはないのだろうか。
解答を求めるプレイヤーは必死に物語をやり直すことだろう。
その中でプレイヤーは真相のヒントを得ていくが、決定的な解答は提示されない。
プレイヤーは無限ループに巻き込まれる。
神の視点にあるプレイヤーの特権的立場を崩壊させ、無限ループに閉じ込めること、これこそが『 Remember11 』の作り手と、作中のある登場人物の狙いなのだ。
私がキング・オブ・メタフィクションと呼ぶ所以である。

評価

推理小説に喩えるなら、『 Remember11 』は名探偵が密室殺人の犯人を言い当てるだけで、犯行トリックや犯行動機を説明し尽くさないまま終わっているような状態だ。
真相の解明はプレイヤーに委ねられている。
これではフラストレーションが溜まる一方。

前作の『 Ever17 』は、作中で張り巡らされた伏線が一気に収束し謎が解き明かされ、ハッピーエンドに至ることから、衝撃と感動をプレイヤーにもたらした。
その次回作として期待されたこの作品が、謎の解答を提示しないまま未完であるのだから非難されるのも無理はない。
「解答編を付属させた完全版を発売して、もう一度金を稼ごうとするメーカーの策略である」と言う人もいるくらいだ。
しかし未完であることそれ自体が『 Remember11 』の物語のトリックであり、物語がハッピーエンドに至るための必然的な道なのである。
アドベンチャーゲームとしては恐ろしく高等なシナリオであり、驚嘆せざるを得ない。
ただ、一般にゲームソフトには娯楽や爽快感が求められているわけで、それらが満たされず難解な『 Remember11 』は少数の人にしか評価されないだろう。

明確な解答が提示されていない謎解きにこそ価値がある、と思う人には『 Remember11 』はお勧めだ。
今では『 Ever17 』と並んで「 SuperLight2000 」シリーズに収められ、2,000円で購入することができる。

……と偉そうなことを書いていますが、私は下記のサイトの助けがなければ真相(と思われるもの)には到達できませんでした。
御礼申し上げます。

Remember11 -the age of infinity- 攻略
http://sukehi.hp.infoseek.co.jp/oreally/reference/remember11/

朝日が昇り そしてまた落ちる Remember11 -the age of infinity- 微ファンサイト
http://f9.aaa.livedoor.jp/~glassun/index.html

補足、蛇足

シナリオのみならず、グラフィック、音楽、操作性も優秀だ。
グラフィックはどちらかというと、女性向けマンガ風の絵柄。
楠田ゆに萌え。
衆道に落ちそうで危険。

| トラックバック(0)

恐らく今の小中学生は知らないことだろうが、「ノストラダムスの大予言」というものがかつて流行したことがあった。
五島勉という作家が紹介したところによれば、16世紀フランスの占星術師、Michel de Nostredame がその予言書で、1999年7月に「恐怖の大王」により世界が滅亡すると予言しているというのだ。
もちろん2005年現在、当然のように世界は滅亡していない。
今どうしているんだろう、五島勉。

私も小学生の頃にこの「ノストラダムスの大予言」を知って怖いなと思ったけれど、怪談話程度の怖さしか感じなかった。
当時といえば少年向けの読物には依然として科学技術による輝かしい21世紀像が喧伝されていたから、そのせいかもしれない。
「ノストラダムスの大予言」よりかは、ある夜に布団にくるまりながら、「自分はいつか死ぬんだ」と突然悟ったときの思考の混濁の方が怖かったように思う。

『終ノ空』は終末が予言されていた1999年7月の一月後、すなわち1999年8月に発売されたノベルゲームである。
終末論と死生観をテーマにした作品だ。

1999年7月にある学園で発生した集団自殺事件が、4人の視点でそれぞれ描かれる。

最初の視点は、この作品において観察者に位置づけられる男子生徒、水上行人のもの。
ある日、彼の同級生である少女、高島ざくろが他校の少女2人とともに屋上から飛び降りて死ぬ。
それをきっかけとして、「7月20日に世界が終わる」という噂がクラスに広がり始める。
さらに今までいじめられっ子だった同級生の少年、間宮卓司が、突然自らを終末における救世主であると宣言し、生徒たちを煽動。
学園中に終末妄想が広がっていく。
多数の信者を獲得した卓司は、7月20日を迎える前に「始まりも終わりもない世界」に至るべく、信者とともに校舎の屋上から飛び降りて死ぬ。

第二の視点は、行人の幼馴染であり同級生である少女、若槻琴美のもの。
行人と同様に「世界の終わり」を信じない彼女は、彼女を敬愛するあまり仲間に取り込もうとする狂信者によって拉致され、性的暴行を受ける。
行人の視点で判らなかった彼女の被害の模様と、彼女が行人に抱く恋心がここで明かされることとなる。

第三の視点は、事件のきっかけとなった少女、高島ざくろのもの。
彼女が屋上から飛び降りるに至った事情が明かされるのだが、その真相は過酷な経験から獲得することとなった滑稽な妄想だった。
いわゆる前世女という奴である。
「アタマリバース」や「スパイラルマタイ」といった創作語に笑いを禁じえない。

第四の視点は、救世主を標榜して集団自殺に至った間宮卓司のもの。
高島ざくろの視点から盛り上がり始めた狂気の描写が、ここに至って頂点に達する。
どうやら彼は、もともと統合失調症的な狂気をもともと備えていたらしい。
高島ざくろの死後、幻覚と幻聴が彼を襲う。
彼の行く先々で異形のものが彼を見つめるようになる。
いじめを受ける過酷な生活の中、彼が秘密の安息場所で壁に描き話し相手としていた魔法少女が実体化し、彼を救世主として目覚めさせる。
死人と会話するわ、妄想を実体験と錯覚してセックスするわ、もう無茶苦茶である。
そんな彼の狂った認識がグラフィックとしてプレイヤーにも提示されるものだから、非常に不気味だ。
この間宮卓司の暴走こそ、『終ノ空』の売りといって差し支えない。

作中ではウィトゲンシュタインやカントの哲学が名指しで引用されてプレイヤーを煙に巻く。
ベルクソンの哲学も混じっているかな。
間宮卓司の視点が終わると、集団自殺後の世界が水上行人の視点で語られて物語は終わるが、登場人物たちが見た「終ノ空」とは何なのか、そして物語の狂言回しである少女、音無彩名は何者なのか、それらははっきりと説明されないままだ。
ウィトゲンシュタインの言うように「語りえぬものについては、沈黙せざるをえない」とでも言うのだろうか。

ゲームを小説化した『小説 終ノ空』をゲームをプレイする前に読んでいたので物語自体の新鮮味はなかった。
しかし狂気が絵で表現されることの不気味さや恐怖感、そして画面切り替わりのインパクトはゲームならではだ。
それに、作中の事件の真相はちょっとした勘違いが連鎖して妄想や狂信へと発展していったということなのだが、そのことが異なる視点で同じ事件を読み進めるうちに明らかとなるシナリオ構成はよくできていると思う。
『ひぐらしのなく頃に』に通じるところがある。

全クリアに要する時間は7時間から8時間程度。
エンディングおよび途中の展開の変化は二種類しかないようだ。
私はこの作品を中古価格2,000円で入手したが、それくらいの値段が丁度いいと思う。

| コメント(0) | トラックバック(0)

マンガ化や TV アニメ化が話題のノベルゲーム、『ひぐらしのなく頃に』シリーズ最新作『罪滅し編』が昨日販売された。
解答編の第2話、シリーズでは第6話にあたる。
コミックマーケットに出かけたり同人グッズショップに並んだりする暇も気力もなかったので、同人グッズショップのオンライン通販で予約購入した。
今回はついに謎の多かったヒロイン、竜宮レナの視点を絡めて物語が描かれている。
以下、ネタバレを含むので注意。

これまでの話で気づいた人は多いだろうが、主人公を含む主要登場人物たちのなかにあって、レナの家庭環境については長らく作中で語られては来なかった。
ようやく今作において、彼女の家庭環境が明らかとされることとなる。
そして彼女が淑やかさと道化の仮面の下に抱いている感情も。
それは自分のせいで家庭が崩壊してしまったという強い罪悪感であり、平穏な日常を維持しようという強い意志であった。
その感情が間違った方向に進み、またも雛見沢で惨劇が引き起こされる。

彼女に比べれば、主人公の前原圭一はまだまだ子供であり、阿呆である。
だがそんな彼も自分の罪に気づくことでようやく主人公の輝きを獲得した。
レナが狂気に囚われていくなか、圭一はかつての『鬼隠し編』での自らの行動を思い出す。
ここに至り『鬼隠し編』の真相が幾らか明かされるとともに、物語は剣と魔法の世界ではない方のファンタジーでよくある「ループ」「平行世界」の要素を顕在化させる。
『鬼隠し編』でヒロインたちを傷つけた自分のように、雛見沢村に来る前の過ちをレナに知られ傷つく圭一。
『鬼隠し編』における立場とちょうど逆の立場に立たされた彼は、自らの罪を自覚する。
もはや彼は逃げないし、一人で足掻くこともない。
罪を償うため、今度は仲間たちとともに惨劇に立ち向かう。
覚醒した圭一が仲間たちと協力しあい窮地を脱するクライマックスのシーンは伝奇的でありアクション映画的。
やり過ぎな感は否めないが格好いい。
主人公がループに気づき連帯して仲間を救い出そうとする展開は、『 Ever17 』を彷彿とさせてグッとくる。

「おお、ついに準ハッピーエンドか!?」と目元を滲ませつつ期待するが、やはり結末は破滅であり、『祟殺し編』の真相を明かす物語へと道を空けるのだった。
2回盛り上げて2回落とすんだからもう、意地悪だ。
まあ確かに、いくら○○○ても仕方ないような○○とはいえ、○○を○しておいてハッピーエンドというのは不遜だけど。
どうやら少なくともこの物語においては、登場人物の誰かが少しでも一人で思い詰めて行動すると必ず破滅を招く仕掛けになっているらしい。
仲間を絶対に信頼し協力し合わねば、些細なきっかけで誤解が生じて深淵に飲み込まれてしまうようだ。

今作でも富竹と鷹野は死んでしまったが、登場人物の誰もが死なずに済んで初めて『ひぐらしのなく頃に』はハッピーエンドを迎えそうな気がする。

なお、『罪滅し編』の読了に要した時間は7時間ほど。
解答編に入って謎の多くが明らかとなり緊張感が減ったせいか、テンポの悪さと退屈さを強く感じるようになった。
しかし、惨劇の終わりはもうすぐ。
『祟殺し編』の真相を明かしてくれるであろう次回作、『皆殺し編』が楽しみである。

| コメント(0) | トラックバック(0)

『 narcissu 』は PC 上で読む、音楽と声と少々の絵がついた短編小説である。
シナリオライター片岡ともが中心となって制作された作品で、Web サイトで無償公開されている。
体裁こそノベルゲームのシステムを利用してはいるが、選択肢によって物語が変化するわけではない。
画面構成と淡々とした語りに、一本のロードムービーを観たかのような感覚を覚える。

作り手が Web サイトで内容紹介として示していることなので伏せないが、この作品の物語は、ある若い男女が出会い死に臨んで、いかに生きたかを描いたものである。
だけれども、男女の恋物語ではない。
主人公の名前は示されず、ヒロインも彼の名前を尋ねようとはしない。
ギリシア神話のナルシスのように、彼女は彼女自身の世界しか見ていないのだ。
ヒロインにとって主人公は、止まっていた彼女の「時間」を動かし、一瞬の「生」へと導くきっかけに過ぎない。
しかし主体性を放棄していたヒロインにとっては、主人公は行動を起こすための、すなわち「生」への、唯一の手段であった。
音叉への一撃によって発生した響き=エコーのように、主人公の与えたきっかけによってヒロインの「生」は現れ、そして速やかに消えていく。
「生」を獲得してしまったヒロインは、主体的に終末を選択することで自己の世界の完結を果たす。

彼女の「生」を形に残したことが、主人公の「生」であった。
ヒロインが主観の世界の住人であるならば、主人公は客観の世界の住人である。
プレイヤーもまた、主人公の傍らで立ち尽くすだけだ。
物語に救いはない。
そもそもヒロインも主人公も、救いを求めてはいない。
あえて救いを見出すならば、それは二人が出会ったことである。

正直なところ、私は職業柄彼らを素直に受容することはできない。
同じ事をされたら、心の中で呪詛の言葉をぶつけるに違いない。
同じきっかけで去っていった人々に、胃を痛め頭を悩ます毎日の生活が私の心を固く縛っている。
冬のあの海は鈍くて重くて汚いぞ、と冷静にツッコミを入れてしまう。

だが、私にもまだ人の心はあったらしい。
最後の最後には目元が滲んでしまったのだから。

ボイス無しでプレイ(もちろんそれは CD や DVD の「再生」という意味で――この「再生」ってのも意味深長だな)したところ、所要時間は1時間ほどだった。
ダウンロードの時間も入れて、2時間ほどの余裕があるならば、この作品に触れてみることは悪くないだろう。

今晩吸うエコーは、一味違う。

| コメント(0) | トラックバック(0)

いわゆるチェーンメールの変形で、「 VIDEOGAME BATON 」なる質問集を受領。
折角なんで答えてみます。

1.Total volume of game files on my computer

自分のコンピュータに入ってるゲームファイルの総計。
ゲームをインストールしたディレクトリのサイズを調べたら 17.8GB だった。
何時の間にこんなにいっぱい……。

2.Game playing right now

今プレイ中のゲーム。

『スカッとゴルフ パンヤ 』

ネット対戦型のゴルフゲーム。
ちまちまと半年以上続けてます。

『ひぐらしのなく頃に 』

ゲーム本編の起動は終えたけれど、謎に取り組んでいるという意味でプレイ中。
そういえば最近 2ch BBS の VIP 板でブームが到来している様子。
http://oyasirovip.run.buttobi.net/
あと、『 To Heart2 』と組み合わせたパロディ作品を見つけたのでついでにここに書いておきます。
http://www.geocities.jp/konominaku/
http://www.geocities.jp/ryuoutan/

3.The last video game I bought

最後に買ったテレビゲーム。
SuperLite 2000シリーズ 恋愛アドベンチャー メモリーズオフ・デュエット
B00029RQME

感動ラブストーリーが詰まってるという評判に加え、数作分セットにも関わらず2000円という廉価版なんで買ってみた。

PC ゲームを入れるとすれば、『リトル・ウィッチパルフェ ~黒猫印の魔法屋さん~』
6年前に雑誌の付録で体験版をプレイしたことがあって、こないだ日本橋で製品版が1280円で売ってたもんだからつい買ってしまった。
Windows XP で動くのか判らないけど気にしない。
今調べてみたら6年の間に続編やらコンプリートパックやらが発売されてて隔世の感。

4.Five video games I play to a lot, or that mean a lot to me

よくプレイする、または特別な思い入れのある5つのテレビゲーム。

『 Ever17 ~the out of infinity~ 』(Playstation2, 2002年)

Ever17 ~the out of infinity~ Premium Edition

やはりコレ。
ゲーム史上に残る SF ミステリーの傑作。
ご都合主義展開もあるけれど、最後までプレイしてよかったと思わせる大団円のカタルシスはお見事。

『スナッチャー CD-Romantic 』(PC-Engine, 1992年)

コナミ制作の SF アドベンチャーゲーム。
『 METALGEAR 』シリーズで有名な小島秀夫監督作品。
練りこまれた設定は中学生の私には衝撃的でした。
当時はまだ珍しかった CD-ROM 媒体を生かし、台詞は音声つき。
これのおかげで、井上喜久子お姉さんのファンになりました。
『らんま1/2』や『ふしぎの海のナディア』に出てるとは全然知らずに。

『 serial experiments lain 』(Playstation, 1998年)

同名のアニメーションドラマは私の大のお気に入りだけど、内容は主人公の名前と姿が同じというだけで全然違う。
ゲーム作品としては、かなり異色。
岩倉玲音という少女にまつわる情報の断片(音声や映像)を再生していき、そのキャラクターや物語を考察していくというもの。
精神病理学あり、哲学あり。
狂気の果ての救いのない結末が重く切ない。
欠点は情報の断片の選択という肝心な部分で画像処理が重いために、操作性が非常に悪いこと。
Playstation2 のマシンパワーならもっとよくなると思うのだけれど。
流通量が少なくて、中古屋を探しまくってやっと見つけました。
今でもプレミアムがついて高価です。
久々にもう一度プレイしたくなってきたなあ。

『卒業 Graduation』(PC-Engine, 1993年)

女子高教師となって5人の女生徒を育成するゲーム。
現在のいわゆる「ギャルゲー」「育てげー」の元祖的作品です。
(更に遡ると1991年の作品『プリンセスメーカー』がある)
私としても生まれて初めてプレイした美少女ゲームもの。
リバイバルとして本作の女生徒の子供がヒロインとなる作品『卒業 Next Graduation』が今年発売されるそうで……もうそんな歳か。

『スパイ vs スパイ』(ファミリーコンピュータ, 1986年)

罠をしかけて相手を陥れつつ、アイテムを揃えて脱出した方が勝ちという対戦型ゲーム。
ファミコンソフト店のチラシを見て、買ってくれと母に猛烈にねだった一作です。
何が小学生の私の琴線に触れたのだろう?
ゲームの内容よりもむしろ、知らない街にあるそのソフト店に向かって知らない街を通っていったときの幻惑的な感覚の方が強く記憶されてます。
買ってもらった手前、ルールもよく理解せずにプレイしてたけど、コンピュータ相手に一人でプレイしても面白くないのよね、この作品。

5.Five people to whom I'm passing the baton

バトンを渡す5名。
いいや、これにて打ち切り。

| コメント(2) | トラックバック(0)

秋桜の空に

1998年に発売されたアダルトノベルゲーム『 ONE ~輝く季節へ~ 』は、ヒット作『 Kanon 』『 AIR 』を制作したソフトブランド Key のスタッフが中心となって制作した作品で、後のアダルトノベルゲームに強い影響を与えたことでよく知られている。
プレイヤーを泣かせにかかるノベルゲーム、通称「泣きゲー」の元祖と言われ、その物語構成が恋愛ノベルゲームの定番スタイルとなっているのだ。

面白おかしい学園生活を重ねながら、主人公が女生徒と親密になっていき、恋仲に至る。
それまでの恋愛ノベルゲームならば、それでめでたしめでたしという結末だ。
だが『 ONE 』では、そこから不可避的で絶望的な離別が主人公たちを襲うこととなる。
「これが結末なのか?」とプレイヤーが呆然としたところで、主人公たちは劇的な再会を遂げ、ハッピーエンド。
この一ひねりがプレイヤーに感動を呼ぶという仕掛けである。

『秋桜の空に』(こすもすのそらに)はその『 ONE 』の発売から3年後、2001年に制作されたアダルトノベルゲーム。
小説版が発売されたり、全7巻のドラマ CD が発売されたりと、なかなかの人気作らしい。
「ギャグが笑える」「『 ONE 』に匹敵」との高い評価を目にし、興味を持ったのでプレイしてみた。

プレイした感想。

「『 ONE 』の焼き直し」

悪く言えばエピゴーネン、良く言えば換骨奪胎。
主人公の遭遇する運命が『 ONE 』と逆、と言えば『 ONE 』をプレイしたことのある人には判るかもしれない。
『 ONE 』では主人公のことを周囲の人物が**ていくけれど、『秋桜の空に』では主人公が周囲の人物を**ていくのだ(ネタバレ防止のため伏字とさせていただきます)。
おまけに2001年の作品だったら大抵のアダルトゲームには音声がついているのが普通だと思うが、『秋桜の空に』は音声なしだし、主人公が破滅に至ったときに偽エンディングが流れるしで、どうしても『 ONE 』を思い出さざるをえない。
どのヒロインのシナリオに進んでも予定調和で、『 ONE 』を経験している私にとってはこれで感動するのは困難だった。
ギャグもつまらなくはないけど、巷のライトノベルにはもっと面白おかしいギャグを書く作家がゴロゴロいるんじゃないかと思う。

とはいえ、『 ONE 』との比較で考えると『秋桜の空に』にはなかなか捨てたものではないところもある。

『 ONE 』の主人公は奇行が多い上に、女性に対する態度はからかうことがベースになっているところが鼻につく。
何でこんな奴にヒロインは惚れるかな、と思う。
『秋桜の空に』の主人公も奇行が多くて女性に対してデリカシーのないところがあるけれど、他人への思いやりのある人物である。
物語の終盤近くで明かされる彼の過去は悲惨だ。
『 ONE 』の主人公は幼少期に*と**しているのが悲劇のきっかけだが、『秋桜の空に』の主人公は幼少期に**の**を失った上に**に*されかけている。
中学生の頃には心酔していた人物に自殺されてもいる。
そんな辛い過去を経験しているがゆえに備えたやさしさに、彼をとりまくヒロインたちが内面に抱えた傷を癒されて主人公に魅かれていくのは納得できる。

ヒロインたちのキャラクターも、口癖で特徴づけを行っているところは気になるがそこそこ印象に残る強さがある。
特にメインヒロインの涼香は主人公を弟のように異常に可愛がるお姉さんタイプで、「姉萌え」キャラクターの元祖、「姉萌え」キャラクターブームの火付け役と目されているらしい。
ヒロインの一人、若菜は「○○カナ?○○カナ?」と台詞を二度繰り返す癖があるが、これはノベルゲーム『ひぐらしのなく頃に』のヒロイン、竜宮レナの口癖の元ネタだと思われる。

そんなこんなで、『 ONE 』をプレイしたことのない人が『秋桜の空に』をプレイすると結構ハマるような気がする。
オタク向け作品のノリに馴染みのない人は、記号的にデフォルメされた登場人物に序盤でうんざりするだろうから、手を出すのはやめておいた方がよいだろう。

プレイして本作を気に入ったら、2002年に出版された小説『秋桜の空に―奈々坂の門』を読んでみるといい。
『秋桜の空に』のシナリオライター自ら執筆にあたっていて、涼香と結ばれた主人公の後日談を描いている。
ゲームの追加シナリオと言ってもよい感じだ。
「主人公と結ばれなかったヒロインは、心の傷を克服できないまま切ない人生を歩むのでは?」という疑問を晴らしてくれる、オールスター出演の気軽な読み物である。
絶版になっているので、入手困難なのが残念なところだが。

| コメント(0) | トラックバック(0)

Forest

PC 用ゲーム売り場の片隅、アダルトゲームコーナー。
あるいは、アダルトゲームソフトの専門店。
情欲を喚起せんとポルノグラフィーがひしめくなかに、ひっそりと『 Forest 』はあるだろう。
2004年、ライアーソフトが世に送り出した、ノベルゲームの秀作である。

『 Forest 』の物語は、「お話を聞かせて?」という少女の声とともに始まる。
何者かが、少女に物語を語っていく。
かつて彼女が体験したであろう出来事を、彼女に思い出させるかのように語っていく。
そう、物語とは、語られるもの。
語り手と、聞き手によって作られるもの。
物語をめぐる物語、それが『 Forest 』という作品にほかならない。

舞台は現代の新宿。
その新宿が突然「森」という存在に覆われ始める。
「森」は「ガーデン」という幻想空間に主人公たちを集め、「リドル」という謎かけ、遊戯、あるいは罠に彼らを巻き込む。
「ガーデン」はイギリスの児童文学から多数のイメージを引用している。
『不思議の国のアリス』、『鏡の国のアリス』、『ナルニア国ものがたり』、『くまのプーさん』、『ピーター・パン』、『メリー・ポピンズ』など。
それらは決してノスタルジックではなく、不気味であるといっていい。
「ガーデン」へと集められた主人公たち5人の男女は「リドル」に翻弄される。
彼らにはそれぞれ、新宿から離れられない事情がある。
「リドル」での敗北は新宿からの追放、あるいは死に繋がるため、彼らは「リドル」を突破しなければならない。
「ガーデン」に集められたときに与えられた「ギフト」という能力を使いながら、彼らは「リドル」に挑む。
度々「リドル」に巻き込まれるうち、彼らは奇妙な友情を築き、「森」の正体に迫っていく。
そんな彼らを誘惑するのは、冒頭で物語をせがんだ少女であり、「森」のしもべであるトリックスター、「黒いアリス」。
彼女は「リドル」を操るようでいて、彼女自身もまた「リドル」に翻弄されていく。

一般にノベルゲームでは物語は主人公の一人称で記され、登場人物の台詞が声優によって演じられることが多い。
それは括弧書きの台詞の単純な読み上げである。
『 Forest 』の場合、叙述者が主人公の青年だけではなく、様々なキャラクターがそのつど叙述者となる。
そして叙述者の叙述、つまり地の文にも音声がつく。
さらに画面に表示された叙述へ掛け合うように、台詞として表示されない台詞が音声で語られる。
その野心的な演出は幻想の世界とあいまって、さながら小劇場系の芝居を観るかのようだ。

『 Forest 』の物語が展開するにつれて、「ガーデン」は作中の人物が生み出した物語世界であることが明らかとなってくる。
物語というものがそもそも語り手と聞き手の間で生々流転するものであるがゆえに、『 Forest 』の物語はマルチエンディングである。
その構造を「開ける」あるいは「明ける」からこそ主人公は「アケル」と名づけられたのではないだろうか。

では、「ガーデン」を支える「森」と「森」の意志とは一体何か?
それは『 Forest 』の作り手がプレイヤーに物語を語るという枠組みそのものだろう。
CD-ROM にプレスされたゲームソフトは――それはゲームに限らず、本や映画が語る物語も同様だけれど、人間の語りとは違って同じ操作を行えば寸分違わぬ物語を語る。
そこではもはや物語は固定的なものに見えるかもしれない。
だが「ガーデン」に用いられる文学作品の出典にプレイヤーが記憶を巡らせたり、物語に様々な解釈を加えたりすることによって、プレイヤーにとっての『 Forest 』というゲームの物語は様々な形をとっていく。
決して固定的ではない。
『 Forest 』はそこまで考慮に入れて構築されたメタフィクションだ。
多分そうだと思う。

一応アダルトゲームである。
濡れ場はある。
しかしそれは味付け程度のものであって、本質ではない。
『 Forest 』はティッシュ・ペーパーをお供に時間を過ごすゲームソフトではない。
プレイしながら使うのは下半身ではなく、脳味噌だ。

告白すると、私はイギリスの児童文学は殆ど読んだことがない。
『不思議の国のアリス』くらいは読んだことがあるけど、ディテールはほとんど忘れてしまっていた。
『ナルニア国ものがたり』は読もうと思って全巻セットを amazon.co.jp のショッピングカートに放り込んであるが、長らくそのままの状態になっている始末だ。
百科事典的な、一行豆知識的な知識しか持ちえずに『 Forest 』の物語をなぞったのだが、それでもニヤリと笑いながら楽しむことができた。
さすがにぐいぐい引き込まれて没頭するという訳には行かなかったけれど。
元ネタになっている作品を幼い頃に親しんだ人なら、恐らくもっと楽しむことができるだろう。
それに加えて、小難しい文学作品を好んで読み悦に入るインテリな人なら、さらにオススメできるだろう。

アダルトゲームというカテゴリーで流通しているだけに、書籍や映画とは違って名の知れた批評家がマスメディアで取り上げることは望み薄だ。
万人が楽しめるエンターテイメント作でもない。
恐らくは異色作としてゲームマニアの間でのみ語られ、そして忘れ去られていくに違いない。
だけども、もしあなたがこの文章を読んで『 Forest 』に興味を持ったなら。
アダルトゲーム云々は気にせずに、プレイしてみては如何だろうか。

あ、もちろん18歳未満の人はプレイしちゃダメですよ、一応。
元ネタの作品を読んで予習するに留めましょう。

| コメント(4) | トラックバック(0)

ドラマCD ひぐらしのなく頃に(鬼隠し編)

ノベルゲーム『ひぐらしのなく頃に』の一編、「鬼隠し編」がドラマ CD になり先日発売された。

CD3枚組で、時間にして4時間弱。
それでも原作と比べると地の文はかなりカットされているし、ゲームの前半部分ではシーン自体のカットも多い。
台詞も合いの手を削って結合させているところが多い。
うまく編集して詰め込んだな、という印象。

楽しい学園生活を過ごしてきた主人公の仲間たちが豹変。
避けがたい惨劇へ向かう恐怖が『ひぐらしのなく頃に』の魅力の一つだけど、それが果たして声優の演技でどう表現されるかがまず注目される点だろう。

キャスティングは、まあ悪くないかな。
原作の主人公とその仲間たちは年齢は明示されていないけど中学生と小学生と思われることを考えると、ちょっと年齢が高めの声に思える。
でも許せる範囲内だ。
茶風林の大石蔵人は、『名探偵コナン』の目暮警部がどうしても重なってしまうので減点。
かないみかの北条沙都子も微妙なラインだが、小憎たらしさを出すには妥当なところか。

注目の豹変シーンだが、有名な台詞「嘘だッ!」に必ずエコーがかかっているのはイマイチ。
だけどそれ以外の豹変っぷりはなかなか雰囲気が出ていたと思う。
なかでもゲーム中では「哄笑だった」と記されているだけでニュアンスを掴めなかったのが、実はかなり狂った笑いであることが判る部分がある。
ブックレットに書かれた ID とパスワードを使って、公式サイトからダウンロードしないと聴けない部分ではあるけれど、あれは興味深かった。

そのほか、喉を掻き毟るシーンやドアに指を挟むシーンもうまく音声化されていたんじゃないだろうか。

ゲームでは御馴染みである最後の「どっかーん」音がなく、あっさり終わるのはちょっと寂しい。
「この惨劇の謎を解けるかな?解けないだろうな」と言わんばかりに「どっかーん」音でプレイヤーを突き放すのも『ひぐらしのなく頃に』の特徴的な演出なのだけど。

このドラマCD は恐らくゲームを一度プレイした人しか買わないと思う。
だが、プレイしたことがない人が『ひぐらしのなく頃に』の世界に入るにあたってドラマ CD を選ぼうというのなら、3400円のドラマ CD より1575円のゲームの方をプレイした方が恐怖感と満足感が高い、と言っておきたい。
価格とボリュームを勘案してもそうだし、音声のインパクトより視覚のインパクトが勝る。
それに、太っ腹なことだけど実は「鬼隠し編」は体験版として無料で丸々プレイできる
PC 持ってないんです、とか絵が気持ち悪くて耐えられません、とか文字を追うのが苦痛、というのでなければまずはゲームから始めよう。
で、ゲームを一度プレイした人については、熱心なファンであれば買ってもいいんじゃないかな、という感じ。
シナリオはほとんどゲームのシナリオの切り貼りで、文章に書き起こしても目新しいところはない。
身近に買った友達が居るなら、その友達に借りて済ませる程度でも充分な気がする。

ところで、公式サイトによれば、封入されているアンケート葉書を返送すると抽選で出演者の寄せ書きサインが当たる、とされている。
でも私の買ったものにはアンケート葉書なんて入ってなかった。
別にサインなんて要らないからいいけどさ。

| コメント(0) | トラックバック(0)

ISBN:4758010269

ノベルゲーム『ひぐらしのなく頃に』のシナリオにはプレイヤーによる選択肢がなく、基本的に一本道。
ただ、シナリオの進み具合に合わせて、「 TIPS 」と名づけられた沢山の小編が読めるようになる仕組みになっている。
この「 TIPS 」は雑誌記事、公文書、何者かの手記、挿話などで構成されており、作品世界を補助している。
大塚英志が『物語消費論』でビックリマンシールを例に論じた「物語消費」を想起させる手法だ。

『ひぐらしのなく頃に 特別編 雛見沢村連続怪死事件 私的捜査ファイル(仮)』はこの「 TIPS 」を寄せ集めて一冊の本にしたような、謎解きのための資料集である。
ゲーム作品の関連本によくある、キャラクター設定資料や製作者インタビュー、コラムの類は一切無い。
あくまでも「暇潰し編」にて語られる「作中の人物の手により出版された本」という設定。
新聞記事の切り抜き、公文書の謄本、便箋かノートに書かれた手記、録音テープから文字に起こされたもの、メモ書きなどをそれぞれ模したものが図版として収められている。
その内容は作中に登場する「 TIPS 」そのままのものもあるが、この本で初めて明かされるものも多い。

  • Frederica Bernkastel なる人物がノートに綴った寓話らしきもの、詩

  • ダム開発計画発表前、差別落書事件が散発的に発生したこと

  • 教育委員会の立場では、前川少年らの通う分校はあくまで暫定的な保護措置のために置かれており、本来は全員が興宮の学校の生徒という扱いであること

  • 神主夫妻変死失踪事件で、遺書を書いて自殺したとされる妻の遺書は所在不明であること

  • 自衛隊が撤収した直後の雛見沢の家屋の殆どに、物色されていた形跡があったこと

  • 雛見沢営林署の側壁において、警官が発砲したものと見られる銃弾が見つかっており、村の駐在警察官は災害で行方不明になっていること
  • 本編をプレイしていない人がいきなり読んでも訳が判らないだろうから注意が必要。
    また、プレイした人が読んだからといって、事件の真相が誰にでも判るという訳でもない。
    ある資料では「暇潰し編」の登場人物が事件の真相について推理しているけれど、「真相が明らかにされる前に作中の人物が展開する推理は的外れ」というのはミステリーのお約束だ。
    ファンやとにかく謎解きに挑戦したいという人にのみ、この本はオススメできる。
    その場合でも「暇潰し編」まで読み進めてからこの本を紐解くべきだろう。

    ちなみに、本の帯に印刷された写真が不気味で私はこの本のオモテを上にして置いておけません。
    本編の背景に突然その写真が映し出されたとき、かなりびびった口なもので。

    | コメント(1) | トラックバック(0)

    雛見沢の惨劇の頃の話だから私自身幼すぎてさっぱり記憶にないのだけれど、親から聞かされた限りでは、その手の病気の人は普段は温厚なのに突然目つきが変わるらしい。
    だから『ひぐらしのなく頃に』におけるキャラクターの豹変の原因が、病気にあるといっても個人的心情としてはあながち否定できない。
    雛見沢分校は精神的疾患を持った子が集められた学校である、という推理はあまりにも荒唐無稽だけれども。

    それはさておき、『ひぐらしのなく頃に』関係の web ページをメモ。
    即ネタバレのものもあるので、未プレイの人は注意。

    とらのあな 特設ページ
    http://www.toranoana.jp/higurasi/

    ドラマCD 『ひぐらしのなく頃に』公式サイト
    http://higurashi-cd.com/

    ひぐらしのなく頃にwiki - ひぐらしのなく頃にwiki
    http://www.wikihouse.com/higurasi/index.php

    『ひぐらしのなく頃に』 テキスト集
    http://www.geocities.jp/bt_vermeille/higurashi/

    雛見沢村古手神社内寄合所
    http://www.geocities.jp/loosedogtom/index.html

    ひぐらしのなく頃に推理
    http://d.hatena.ne.jp/oramuda/

    月姫研究室
    http://lab.vis.ne.jp/tsukihime/

    PARADOX
    http://www.max.hi-ho.ne.jp/keiya/kousatsu/higurashi.html

    『ひぐらしのなく頃に』背景画像元ネタ
    http://htc.moon.st/ota/04120101.html
    http://taimatsu.hp.infoseek.co.jp/hourouki_2004_10_07_higurashi_tanhou.htm
    http://aoiya.sakura.ne.jp/project/higurashi_01.html
    http://homepage3.nifty.com/azi/OtherInfo/okinomiyaBG.htm
    http://homepage3.nifty.com/azi/OtherInfo/okinomiyaBG2.html
    http://homepage3.nifty.com/azi/OtherInfo/okinomiyaBG3.html

    『ひぐらしのなくこロワイアル』
    http://t-kingdom.hp.infoseek.co.jp/index.html

    ひぐらし漫画
    http://www.geocities.jp/good_for_nothing18/comic/comic.menu.htm

    ひぐロワ漫画
    http://dajare-ekaki.net/viewsys/viewsys/index.cgi?amode=&gcode=higurowa&seq=1

    Escape From Reality
    http://f31.aaa.livedoor.jp/~touhi/

    NSDEC(シナリオファイルの暗号化解除)
    http://www.circle-aurore.org/work/softmain.html

    ワルイヒト - 「ひぐらしのなく頃に」
    http://d.hatena.ne.jp/judgement1999/20041003

    | コメント(4) | トラックバック(0)

    ノベルゲーム『ひぐらしのなく頃に』が出題編となる物語だとすると、『ひぐらしのなく頃に解』はその解答編ということになろう。
    といっても、颯爽と名探偵が登場して「犯人は誰それです!」と告げ、観念した犯人がおもむろに真相を語りだすという訳ではない。
    シナリオにおける叙述者が変わることで、プレイヤーに新たな事実が提供され、そのシナリオにおける裏事情が判る、というだけだ。

    「目明し編」は『ひぐらしのなく頃に』の物語が始まる一年前、昭和57年(1982年)の園崎詩音の視点から描かれる。
    そこで「4回目の事件」である主婦撲殺事件と、北条悟史失踪事件発生当時の状況が明かされる。
    そして物語は園崎詩音の視点による「綿流し編」へと進み、「綿流し編」で被害者たちが如何にして命を落としたのか明らかとなっていく。
    しかし雛見沢村に隠された謎が明かされる一方で、同時に新たな謎が生まれたまま、シナリオは終わる。

    『ひぐらしのなく頃に』の世界はあくまで背景が共通で、何かがきっかけで様々な惨劇に至るように仕組まれているらしい。
    例えばある人物があるシナリオで狂気を垣間見せていれば、その人物は別のシナリオでも同様に狂気を持っているということだ。
    これまでに発表されたシナリオから得られる北条沙都子のキャラクター設定を元に考えると、北条沙都子が救われる結末が『ひぐらしのなく頃に』唯一のハッピー・エンドの可能性だろう。
    だが北条沙都子も狸でした、なんて裏設定がありかねない