13 septembre 2009

2009年、北へ。 実況第15日目

小樽市から積丹町に移動して、再び小樽市に戻ってきました。
大阪からの走行距離4392km。

今朝、宿から車を出そうとしたらセルモーターがわずかしか動かずエンジンがかからない。
旅行中、給油のついでにテスターでバッテリーの電圧を測ってもらったら12Vを切っていたので、大阪まで持つか不安だったのですが、ダメでした。
まあ、誰もいない原野とかフェリーの出庫待ちの船上とかでエンジンがかからないよりはマシです。
宿主のご好意で自転車を借りて、2.5km離れたオートバックス小樽店までバッテリーを買いに走りました。
港町につき物ですが、小樽も背面が山で、港湾地区から離れると坂が多いのが自転車で走ってよく判りました。
貸してもらった自転車がマウンテンバイクだったので、荷台や籠が付いていないため、帰り道が大変。
傾けたり倒したりするとバッテリーの電解液がこぼれるから丁寧に運ばないといけない。最初ビニール袋をハンドルにひっかけて運転していたら、袋が二重にもかかわらずバッテリーの重みで取っ手部分が千切れてしまいました。
で、脇に抱えてみましたが重くて安定せず、最終的にハンドルバーに箱を乗せて上からバランスを取りつつ押さえつける形で運搬しました。
厳密に言うと道交法違反ですな。



自動車が動いたところで、市中の駐車場に入れて、街中をちょっと歩いてみます。
横浜とか神戸とか、明治時代に発展した港町は当時作られた洋風の建築物が観光スポットになってますが、小樽も同様です。
これは旧安田銀行の建物だったかな。

国鉄手宮線の跡地は、レールが剥がされずに遊歩道になっています。
もともと建物が立て込んでるところの土地だけに、中途半端に市街地化しても汚い町並みになるだけですし、北海道の場合積雪対策で十分な道幅が必要なので狭すぎて建物を建てられないというような理由があったのではと推察されます。

道路との交差部分も廃線跡がデザイン化されて残っています。
神戸同様、小樽=オシャレみたいなイメージで訪ねてきたのであろう二人組の若いお姉さんをよく見かけました。
若くないのも多いですけど。

小樽駅の駅舎は戦前からのものです。
昭和初期の繁栄ぶりが伺えます。

駅前を見るとやはり地方都市。
パチンコ屋が集まっているのには閉口しますが、一応景観に配慮して周囲に合わせた欧風建築になってたのでまだマシです。

天下の日本銀行小樽支店の建物、現在は日銀の広報施設になっており内部を見学できます。
日銀の支店があるというところが、いかに小樽が金融拠点として栄えたかという証左ですね。

この時代の建物はいいですな。
現代建築は時間が経つと味が出るどころかみすぼらしく見えるものばかり。

外観からすると石造りに見えますが実はレンガ造りの上からモルタルを塗っているそうです。
で、屋根は鉄骨で支えられています。
柱が要らないので営業所、すなわちカウンターとその裏の事務所があるところは丸々吹き抜けになっています。

切る前の札の見本ですが、何故か二千円札。

大金庫の中も入れます。
こんな感じで現金が保管されていたんですよ、という展示。

一億円を持ち上げてみようというコーナー。
持ってみれば軽いですが、こんな軽いもので命が左右されることもあるのです。
資本主義は怖い。

日銀の傍には銀行の建物が集中しております。
しかし現在もなお銀行として利用されているのは無さそうです。
土産物店になっているか、閉鎖されているか。

かつての倉庫が物産センターと小樽市総合博物館の分館になっています。
海風でたびたび大火に見舞われたので、安価で火事に強いという理由から木骨石造で作られたとのこと。
中に入ると屋根部分の木造の骨組みがむき出しです。
屋根に鯱が付いているのが珍しいです。

新日本海フェリーのフェリーターミナル。
綺麗で清潔です。
5階は展望風呂になっていて港が見えます。
乗船券を持っていればタオル貸し出しつきで500円。

余市町のニッカウヰスキー北海道工場に到着。
ここはサントリーの山崎蒸留所と違って、見学するのに予約が要りません。
ナイス。

山崎蒸留所は山の斜面に建っており高層化されているので圧迫感がありますが、ここは平地の平屋から2階建て程度の建物が並んでいるので広々した感じがします。

貯蔵庫が改造されてウイスキーの種類とか作り方とかを解説している博物館になっています。

これがピートか。
こいつで大麦を燻して乾燥させると、私の好きなスモーキーフレーバーがウイスキーに付くのです。

ここで白眉なのはニッカの創業者にして日本におけるウイスキー製造の第一人者、竹鶴正孝関連の展示物です。
田舎の造り酒屋の息子時代は本当に田舎もんの風貌ですが、パスポートや留学時代の写真になると一端の紳士と化してます。

留学時代の研究ノートもしっかり保存されてたんですね。

竹鶴は独立前にサントリーに居て山崎蒸留所の建設に携わったので、その辺の調査資料や設計図面もあります。

ニッカウヰスキー第1号。

貯蔵庫。

復元された旧竹鶴邸。
奥さんは留学時代に出会ったイギリス人だからか、和洋折衷です。

工場の建物は戦前のもの。

事務所のある正門を内側から。

蒸留器は今でも石炭焚きです。

大日本果汁株式会社発足時の事務所。
のちに会長室として竹鶴が執務に使ったとか。

研究室。

第1号貯蔵庫。

限定品で様々なフレーバーのシングルモルトとシングルカスクが売られてますが、高い……。

「道の駅スペースアップルよいち」に到着。
といっても工場の裏です。
スペースなのは毛利衛氏にちなんでおり、アップルは名産品のリンゴにちなんでます。
ニッカはウイスキーの熟成待ちの間、リンゴジュースを作って資金を稼いでいたのです。宇宙関係の展示施設は閉鎖されてました。
ま、赤字垂れ流しよりは賢明です。

全然車高が低くなくて名前に偽りのある積丹の町を過ぎ、神威岬に到着……と言いたいところですが、駐車場からかなり歩かされます。
両側が切り立った断崖になっている尾根筋に通路が作られており、ちょっとしたトレッキング。
これこそ岬。

やけに海が青いです。

教科書に出てきそうな地層。

ようやく灯台まで到着。
有人管理の時代は燈台守の人も大変だったようです。
買出しは船で行ってて、買出しに行った奥さんが行方不明になる事故も起こったとか。
メンテナンスに来るのは今でも大変ですな。

青い海と丸い地球を守りましょう。

休める場所が整備されているのは良いですね。

合成着色料不使用。

そしてまた、万里の長城のごとき道を戻る……。

お次は積丹岬へ。
ここも駐車場から結構歩かされます。
道を間違えて何とか海岸とかいうところへ出てしまい、道が行き止まりになっていて上り下りで体力を浪費してしまいました。

パトラッシュ、僕疲れたよ……。
これが積丹岬だ、という具体的なポイントはなくて、このへんの岩礁エリアが積丹岬です、みたいな感じ。

灯台も明かりを点しています。
遊歩道をもっと歩けば奇岩を見れるらしいけど、体力持たず。
小樽に帰るぞー。

フェリーターミナルの温泉に入浴して、疲労回復。
23時30分出航の巨大高速船あかしあ号で舞鶴港に向かいます。
さようなら、アイヌモシリ。
22時間船の中は、暇でしょうね……。

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コメント(2)

 天使が舞い降りてこなくてよかったですな。

倒れたネロはこの後ヒグマがおいしく頂きました。

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文学部出身ですが文学は苦手です。

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