PS 版『 serial experiments lain 』
TV アニメ版『 serial experiments lain 』の首都圏での放送が終了した1998年11月、プレイステーション( PS )用ゲームソフト『 serial experiments lain 』が発売された。ただしゲーム版の企画・シナリオにも参加している小中千昭によれば、PS 版の製作は TV アニメ版よりも先行して着手されており、TV アニメ版が製作されるかどうかは確定的でなかったという。
TV アニメ版とゲーム版で題名は同じ。岩倉玲音という名の少女が登場し、彼女を清水香里が演じているのも同じだが、玲音以外の TV アニメ版の登場人物はほとんど登場しない。一つのシークエンスとして明確に描写される物語も存在しない。
そもそもこの作品がゲームソフトなのか、という疑義も存在する。インタラクティブ・コンテンツと言うべきかもしれないが、ノベル型アドベンチャーゲームがゲームと呼べるなら、この作品もゲームなのだろう。版元のパイオニア LDC は本作のジャンルを「アタッチメント・ソフトウェア」と称しており、同種の名称が冠されたソフトウェア作品に同社の『 Noël 』シリーズがある(但しゲームシステムもテーマもかなり異なる)。
プレイヤーが自分の名前を入力してゲームを始めると、縦の円筒状の空間に、数百個のデータの断片が配置されている。プレイヤーが架空のオペレーション・システムを操って、コンピュータ・ネットワーク上のデータを再生(プレイ)する、という設定だ。データの再生の順序は任意だが、特定のデータが再生済みでないと再生できなかったり、本作を結末まで何度かプレイしないと再生できなかったりする。プレイ状況次第で新たに出現するデータもある。説明書によれば、円柱の下層ほど過去に近く、上層ほど現在に近いデータであるとされている(しかしそれが正しいかどうかは保証の限りではない)。何も操作せずに放置していると再生されるデータというものも20種類ほど存在する(これがまた、トラウマになりそうなほど不気味だ)。
それらのデータの内容とは、主に次のようなものである。
- 女子小学生(のち中学生)である岩倉玲音の日記(音声のみ)
- 研究所の新人女性研究員で精神科医である米良柊子の日記(音声のみ)
- 玲音と柊子のカウンセリングにおける会話(音声のみ)
- カウンセリング結果レポート(音声のみ)
- アニメーション動画(TV アニメ版とは内容や画風が異なる)
その他、システムのアップデートプログラム、柊子と玲音の友人の会話(音声のみ)や警察の捜査記録(音声のみ)、記者会見の記録(音声のみ)といったものがある。
プレイヤーがゲーム内でできるのは、セーブやゲームの終了といったメタ操作を除けば、データの断片を再生していくこと、ただそれだけ。自ずと作品の全体像の把握が目標となるだろう。
上記でしつこく「音声のみ」と書いているように、この作品では一般的なアドベンチャーゲームとは違って会話や叙述は文章として表示されることがない。プレイヤーが内容を理解しようと思えば、音声をスキップすることなく耳を傾けざるを得ない。
だが、プレイヤーが内容を理解しようとデータの断片を記憶・整理・再生すればするほど、細部が明瞭になっていくのに反して全体像が曖昧になっていく。当初はプレイヤーはこう思うはずだ――幻覚・幻聴に悩む内気な少女が、何かの研究所でカウンセリング療法を受けている、と。しかし少女はハッキングと精神医学の知識をメキメキと身につけ、逆にカウンセラーの精神はどんどん脆くなっていく。カウンセリング結果レポートは二人の音声が交錯するようになり、カウンセラーが少女の治療を行っているのか、少女がカウンセラーの治療を行っているのか判然としなくなる。二人の日記の記述と会話の内容に矛盾が生じ始め、虚実が入り混じる。二人の日記に登場する人物は果たして実在したのか? アニメ版と同様に、客観的な正しさは存在しない。あらゆる結論はプレイヤーに委ねられている。
特定のデータを再生すると、再生したことのあるアニメ動画が1本に連結されて再生される。そして玲音の最後の行動を記録したアニメ動画が続き、本作は一応の結末を迎える。条件が満たされていれば、画面に玲音の顔が浮かび上がり、プレイヤーの名前を呼んで語りかけてくる。その言葉と、アニメ動画での玲音の行動を重ね合わせれば、こう考えることができるだろう――玲音はプレイヤーの脳内にダウンロードされ、プレイヤーの記憶として存在し続けるのだと。「記憶とは記録に過ぎず、自我とは記録されたデータの集積の一側面に過ぎない」という論理がそこにはある。データとしてフラット化した玲音は、もはや物事の虚実や自我の同一性・単一性に悩まされることがない。
重要なのは、アニメを視聴する場合とは違って、ゲームでは「プレイヤーによる操作」という能動的かつ積極的な行動が求められていることである。だからこそ、プレイヤーはより作品世界に接近し、境界を侵犯し、作品世界に結合する。あたかも、神秘主義の宗教のように。プレイヤーの精神の安定は揺さぶられ、単調な BGM がそれを加速させる。それゆえに「精神を病むゲーム」とも称される。
本作に物語があるのだとすれば、それはプレイヤーが参画し、データの断片からプレイヤー自身の意識の中に作り上げた物語だ。物語の主人公は玲音ではなく、プレイヤー自身である。小説でも映画でも表現できない、コンピュータ・ソフトウェアでのみ実現できる物語だ。
残念なことに、本作は TV アニメ版とは違ってもはや中古市場でしか流通していない。私が何年も前に入手したときは、5800円の新品定価に対し、中古ソフト店で8000円程度の価格がつけられていたと思うが、今や概ね1万円から2万円程度の範囲内で取引されているようだ。版元がゲームソフト事業から撤退しているのと、CERO による倫理審査前に発売された作品で現在の倫理審査をパスできるのか不明瞭なことから、PlayStationStore によるダウンロード販売も望み薄である。
ロシアの『 lain 』ファンサイトに CD-ROM のイメージファイルらしきものがアップロードされているようだが、権利者の許諾を得ているかどうかは極めて怪しい。なお、正規にイメージ化した ROM は PS エミュレータ「 ePSXe 」では動作させることができなかったが、「 XEBRA 」では動作した。本作の動画・音声データはデータ形式が特殊らしく、「 PSxMC 」では未だにリッピングできない。
参考リンク
[game]PS版 serial experiments lain
http://materia.jp/blog/20051107.html#p02
悪夢のダウンロード~「serial experiments lain」がプレイヤーに与えるもの
http://homepage1.nifty.com/sawaduki/game/sawa/lain.html

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