小学生の頃見た。
原爆に焼かれた丸こげ死体を写した写真パネル。
中学生の頃読んだ。
『はだしのゲン』で、死体の足首を掴んで引っ張ると肉だけ抜け落ちるシーン。
脳に刻み込まれたイメージに、またひとつ新たな一コマが加わった。
映画『夜と霧』( Nuit et Brouillard )である。
『夜と霧』は1955年にフランスで製作されたドキュメンタリー作品。
監督はアラン・レネだ。
彼はまず、青々と背の低い雑草が生える平原をカラーフィルムで映し出す。
静かで平和な風景。
しかしすぐにカメラはパンする。
視界に入ってくるのは、有刺鉄線。
その場所は、アウシュビッツ強制収容所であった。
そして映像は十数年前に遡る。
人々が収容所へ運ばれていく模様を撮影したモノクロの記録映像やスチル写真だ。
再び映像は十数年後に戻る。
主も収容者も失い、静かにたたずむ収容所がそこにある。
まさかそこで何十万人も死んだとは思えない。
どこかの古城か、打ち捨てられた寺院のようだ。
映像はまたも十数年前に遡り、収容者の模様を映し出す。
こうして映像はモノクロで描かれる過去と、カラーで描かれる現在を対比しながら行き来する。
そして画面に現れるのは、死体、死体、死体の山。
頭を剃られ、ガリガリに痩せた収容者の死体。
あるものは丸焦げ。
あるものは生焼け。
あるものは木材に挟まれ、焼かれる時を待っている。
あるものは骨になって山積みになっている。
あるものは首と胴体が切り離され、桶に生首が積み上げられている。
地面一面に死体が並べられている。
地面に死体が重なり合っている。
土を巻き込みながら、ブルドーザーが死体の山を押し進んで行く。
地面に掘られた穴に死体が積みあがり、マネキンが捨てられるかのように軽々と一人の死体が穴に落とされる。
そこに人間の尊厳はない。
あるのは圧倒的かつ空虚な物体の群れだ。
最後に、映像は「現在」を映し出す。
月日が経ち、人間が消え去った光景。
しかしその下にはあのおびただしい死者たちが埋まっているのだ。
ナレーションは惨劇を過去のものとして遠ざけ直視しない我々を痛烈に非難し、映画を締めくくる。
彼は言う、「戦争は終わっていない」。
「現在」の人々が間違えば、あの「過去」は「現在」の風景として蘇るかもしれない。
死者の声なき告発の声を、レネは我々生者の眼前に突きつける。
「で、今あんたは生きているわけだが――何をしてるんだい?これから何をするんだい?」と。
わずか30分ほどなのに、激しい印象と重みを残す作品だった。

クロード・ランズマン監督の「ショアー」の方は見ましたか?
以前から見たいと思ってるんですが、そこらのレンタルビデオ屋でレンタルしてるようなものではないので、まだ見る機会を得ません。
「ショアー」も「夜と霧」もフランスの監督というのは不思議な一致ですね。
『ショアー』は大学生のときに何かの講義で、ビデオ録画されたものの一部を観たことがあります。
9時間もある作品なんで全部は観てられないので一部なのでした。
怒るでもなく、悲しむでもない表情でナチス占領下の生活を語るポーランド人の顔が印象的でした。
ただ、延々と関係者のインタビューと現在(製作当時)のポーランドの風景が映し出されるだけで、ナレーションとか占領当時の記録映像とかは全然ありません。
表現としてはその「ありのままを提出する」という方法論や思想はアリだと思いますけど、退屈感は否めません。
娯楽映画に慣れた身には、これを9時間延々観るのはしんどいだろうなと思いました。
だもんで、DVD 版には手を出していません。
価格が高いのも一因。
ジクジク苛む式の『ショアー』よりも『夜と霧』の方がより直接的かつ暴力的でインパクトが強いです。
ひたすらローキックでフルラウンド攻める『ショアー』、ボディ連打から顔面ストレートパンチで1ラウンド KO の『夜と霧』といったところ。
いやまあ、一部観ただけでそう言い切るのも何ですが……。
フランス人監督が関わってるってのは、やっぱり被占領国で隣国だからって縁からなのでしょうか。
『ショアーの衝撃』という本は買いましたが、まだ読んでません。
DVDを購入して映画を見る習慣がないので、ビデオ・オン・デマンドが普及しないと、下手すると一生見ないかも…。
でも VOD では選ばれそうにないタイトルですよね。
『ショアー』や日本アニメはともかく、大抵のタイトルは「映画のチケット+パンフレット代」にちょっと足せば DVD が買える状況なんで、ついつい買ってしまいます。
本に DVD にゲームを未読未開封で積んでる身には、レンタルは返しに行く手間が面倒で……。
でも1回か2回観ると後は死蔵してしまうんですよね。
いつか買う機会があれば、お貸しできるかもしれません。