『花咲くオトメのための嬉遊曲』を当サイトで紹介した際、「女子野球もの」の作品をいろいろ列挙したが、賢明な方はその中に小説が一つもなかったことに気づいたことだと思う。
私は小説を読む習慣があまりなかったので知らなかったのだが、小説の世界にも「女子野球もの」の作品があったのだ。
今年の春、『花咲くオトメのための嬉遊曲』をクリアしてからシナリオ担当者の web サイトなどを辿っていると、彼の書いたある書評を目にした。
その一節で初めて女子野球もの小説『若草野球部狂想曲』の存在を知ることになったのである。
いつかまとめて書かなきゃな、と思いつつも紹介するのをサボっていたのだが、『花咲くオトメのための嬉遊曲-イレギュラーズ』の発売を前にようやく手をつけた。
一色銀河『若草野球部狂想曲 サブマリンガール』(電撃文庫)
ISBN:4840214131
「第6回電撃ゲーム小説大賞」の銀賞を受賞し電撃文庫に収められて出版されたというのが『若草野球部狂想曲 サブマリンガール』だ。
電撃文庫、ということだから対象読者は10代から20代の男性で、アニメ風のイラストが表紙にあって、美少女キャラクターがいて、ラブコメで、肩肘張らずに読める――と頭に浮かぶが、その予想は正しい。
だが、なかなかどうして、エキサイティングに野球というスポーツを描いた楽しい作品であった。
主人公は夏の全国高校野球選手権大会で準優勝に輝いた超高校級のキャッチャー、西宮光児。
高校二年生の彼はある事情から、所属していた高校を退学。
神戸の若草高校へと転入する。
プロを目指している彼は「何もせずにブラブラするよりかはマシか」と考え若草高校の野球部に入部することにするが、その野球部は部員が9名しかおらず、しかもそのうち4名は女子のため公式戦に出場できないという弱小野球部だった。
さらに実績のない部活動を整理するという学校の方針のため、一ヵ月後の練習試合に勝たないと廃部になるのだという。
その練習試合の相手というのが、先の全国高校野球選手権大会で光児が敗れた優勝校、神戸学園だった。
野球部の救世主として祭り上げられる光児だったが、彼はそこで一人の女子ピッチャーを見出す。
彼女の名は文月真由美。
ピッチャーとは思えない、引っ込み思案で大人しい少女。
右投げのアンダースローで、最高球速は120km/h。
女子でアンダースローということを考えれば速い球を投げているといえるが、これで高校野球優勝校の打線を抑えられるのか?
だが、光児は彼女を主戦に立て、神戸学園に挑むことにする。
彼女特有の才能と、彼女のピッチングが持つ恐るべき特徴に活路を見出したのだ。
アンダースローという投法であるがゆえに可能な「変化球」と配球を武器にする、と言えば野球に詳しい人は気づくかもしれない。
皆の目の前からボールが消えるような荒唐無稽な魔球は登場しない。
あくまで合理的な野球理論に基づいて、若草野球部の活躍は描かれることになる。
今では千葉ロッテマリーンズのアンダースローのピッチャー、渡辺俊介の活躍が注目を浴びているので意外性は薄いかもしれないが、渡辺俊介がまだ無名のアマチュアピッチャーであった2000年にこの作品は刊行されている。
作者はなかなか目の付け所がよかったと思う。
本作では「野球のルールくらいは知っているけど理論は知らない」という一般読者でも作品に馴染めるように、途中でラジオ番組の掛け合いのようなインターミッションが入る。
そこで野球の薀蓄が語られることになる。
野球マニアには判りきった初歩の薀蓄なので、私なんかはいちいち説明されることに鬱陶しさを覚えてしまうことは否めない。
しかし電撃文庫の小説の読者は野球マニアばかりではないのだからやむを得ないだろう。
それよりも鼻につくのはベタベタなラブコメ描写だ。
一例を挙げるなら光児が初めて野球部を訪ねるシーン。
光児がドアを開けると丁度女子の着替え中。
覗き魔と間違えられた光児は投げ飛ばされてしまい、彼の下敷きになった真由美と唇同士が触れ合ってしまう。
ここで光児はバットで頭を殴られてしまうが、別に怪我をすることはない。
何てマンガチックな。
とはいえ、野球シーンがエキサイティングに描かれているから全て許す。
誤字が校正されずにそのままなところは所詮電撃文庫か、と思ってしまうが許す。
そもそもこの作品、続編が刊行されているということから見ても結末はバレバレである。
「ご都合主義に陥らずに、バレバレな結末へ如何に至るか」というところに作者は知恵を絞る必要があるわけだが、その辺を野球マニアでも納得できるよう、きっちりと処理できている。
野球マニアでない人でも野球というスポーツの奥深さを覗くことのできる、優秀な作品である。
一色銀河『若草野球部狂想曲2 クイーン・オブ・クイーンズ』(電撃文庫)
ISBN:4840216819
続編である。
若草高校野球部は、女子高校硬式野球大会の優勝校、白桜学園とエキシビション・マッチを行うことになる。
女子の非力さを克服するために ID 野球を身につけている白桜学園野球部。
彼女たちには、真由美・光児バッテリーの投球術も看破されてしまう。
苦戦を強いられる若草高校野球部は如何に戦うか――。
光児の幼馴染、月山小夜美が白桜学園の主戦ピッチャーとして登場し、相変わらずのラブコメを展開する。
しかし若草高校野球部に新たに加わった女子部員を巡るエピソードによりドラマ性が向上。
野球の薀蓄もよりマニアックになって楽しく読める。
作者の成長が微笑ましい。
一色銀河『若草野球部狂想曲3 スプリング・ステップ』(電撃文庫)
ISBN:4840217831
『若草野球部狂想曲』シリーズ完結篇。
春季合宿に出た若草高校野球部だったが、部のリーダー的存在である春野亜季の気分は晴れない。
彼女は女子である以上、どう頑張っても公式戦には出場できないのだ。
若草高校野球部の活躍を聞いた新入生が入部してくれば、女子部員はお払い箱になる。
しかし親友の真由美は光児の指導に盲目的に従うばかり。
焦燥感に駆られた亜季は光児と対立してしまう。
折りしも合宿先の旅館を経営する一家には、150km/hを超える速球を投げるサウスポーの高校生、有馬大志がいた。
光児は、大志の所属する地元の若狭常陽高校野球部と練習試合を行うことを決める。
亜季が若狭常陽高校の一員として練習試合に参加し、負けた方が若草高校野球部を去るというのだ。
果たしてこの勝負の結果や如何に。
――と言われてもおよそ見当がつくだろうが、盛り上がった勝負の末に爽やかに大団円を迎えるのである。
めでたしめでたし。
こうして三作を読み終わると、面白い作品だったなと満足感でいっぱいだ。
美少女キャラクターが活躍して華やかだし、次がどうくるかワクワクするゲーム展開にページをめくるのが速くなる。
素人考えだが、このままマンガ化しても十分行けそうな気がする。
無名のまま埋もれさせるのは惜しい。
失礼ながらこのシリーズの挿絵絵師はちょっと古臭さのある絵柄の人なので、もうちょっと今風のキャッチーな萌え絵を描く人が作画を担当したらブレイクしませんかね。
厳しいかな、野球のゲームをマンガで描くと長期連載になるし……。
蛇足だが他に女性が活躍する野球小説には、『赤毛のルーキー』という作品があるらしい。
アメリカのメジャー・リーグで女性のピッチャーが大活躍するというもので、1970年代末に日本でも翻訳本が出版されたようだ。
また、1986年に梅田香子の『勝利投手』という作品が河出書房新社から世に出ている。
ISBN:4309004555
ISBN:4309402364
ただし絶版である。
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