恐らく今の小中学生は知らないことだろうが、「ノストラダムスの大予言」というものがかつて流行したことがあった。
五島勉という作家が紹介したところによれば、16世紀フランスの占星術師、Michel de Nostredame がその予言書で、1999年7月に「恐怖の大王」により世界が滅亡すると予言しているというのだ。
もちろん2005年現在、当然のように世界は滅亡していない。
今どうしているんだろう、五島勉。
私も小学生の頃にこの「ノストラダムスの大予言」を知って怖いなと思ったけれど、怪談話程度の怖さしか感じなかった。
当時といえば少年向けの読物には依然として科学技術による輝かしい21世紀像が喧伝されていたから、そのせいかもしれない。
「ノストラダムスの大予言」よりかは、ある夜に布団にくるまりながら、「自分はいつか死ぬんだ」と突然悟ったときの思考の混濁の方が怖かったように思う。
『終ノ空』は終末が予言されていた1999年7月の一月後、すなわち1999年8月に発売されたノベルゲームである。
終末論と死生観をテーマにした作品だ。
1999年7月にある学園で発生した集団自殺事件が、4人の視点でそれぞれ描かれる。
最初の視点は、この作品において観察者に位置づけられる男子生徒、水上行人のもの。
ある日、彼の同級生である少女、高島ざくろが他校の少女2人とともに屋上から飛び降りて死ぬ。
それをきっかけとして、「7月20日に世界が終わる」という噂がクラスに広がり始める。
さらに今までいじめられっ子だった同級生の少年、間宮卓司が、突然自らを終末における救世主であると宣言し、生徒たちを煽動。
学園中に終末妄想が広がっていく。
多数の信者を獲得した卓司は、7月20日を迎える前に「始まりも終わりもない世界」に至るべく、信者とともに校舎の屋上から飛び降りて死ぬ。
第二の視点は、行人の幼馴染であり同級生である少女、若槻琴美のもの。
行人と同様に「世界の終わり」を信じない彼女は、彼女を敬愛するあまり仲間に取り込もうとする狂信者によって拉致され、性的暴行を受ける。
行人の視点で判らなかった彼女の被害の模様と、彼女が行人に抱く恋心がここで明かされることとなる。
第三の視点は、事件のきっかけとなった少女、高島ざくろのもの。
彼女が屋上から飛び降りるに至った事情が明かされるのだが、その真相は過酷な経験から獲得することとなった滑稽な妄想だった。
いわゆる前世女という奴である。
「アタマリバース」や「スパイラルマタイ」といった創作語に笑いを禁じえない。
第四の視点は、救世主を標榜して集団自殺に至った間宮卓司のもの。
高島ざくろの視点から盛り上がり始めた狂気の描写が、ここに至って頂点に達する。
どうやら彼は、もともと統合失調症的な狂気をもともと備えていたらしい。
高島ざくろの死後、幻覚と幻聴が彼を襲う。
彼の行く先々で異形のものが彼を見つめるようになる。
いじめを受ける過酷な生活の中、彼が秘密の安息場所で壁に描き話し相手としていた魔法少女が実体化し、彼を救世主として目覚めさせる。
死人と会話するわ、妄想を実体験と錯覚してセックスするわ、もう無茶苦茶である。
そんな彼の狂った認識がグラフィックとしてプレイヤーにも提示されるものだから、非常に不気味だ。
この間宮卓司の暴走こそ、『終ノ空』の売りといって差し支えない。
作中ではウィトゲンシュタインやカントの哲学が名指しで引用されてプレイヤーを煙に巻く。
ベルクソンの哲学も混じっているかな。
間宮卓司の視点が終わると、集団自殺後の世界が水上行人の視点で語られて物語は終わるが、登場人物たちが見た「終ノ空」とは何なのか、そして物語の狂言回しである少女、音無彩名は何者なのか、それらははっきりと説明されないままだ。
ウィトゲンシュタインの言うように「語りえぬものについては、沈黙せざるをえない」とでも言うのだろうか。
ゲームを小説化した『小説 終ノ空』をゲームをプレイする前に読んでいたので物語自体の新鮮味はなかった。
しかし狂気が絵で表現されることの不気味さや恐怖感、そして画面切り替わりのインパクトはゲームならではだ。
それに、作中の事件の真相はちょっとした勘違いが連鎖して妄想や狂信へと発展していったということなのだが、そのことが異なる視点で同じ事件を読み進めるうちに明らかとなるシナリオ構成はよくできていると思う。
『ひぐらしのなく頃に』に通じるところがある。
全クリアに要する時間は7時間から8時間程度。
エンディングおよび途中の展開の変化は二種類しかないようだ。
私はこの作品を中古価格2,000円で入手したが、それくらいの値段が丁度いいと思う。
コメントする