梅田で映画を見た後、神戸へ行く。昭和天皇の崩御のとき、皇居へ足を運んだ人のように。
神戸市営地下鉄、総合運動公園駅。Yahoo!BB スタジアム(グリーンスタジアム神戸)の最寄り駅である。今日は日曜日、もし「あの爺たち」の脳味噌が明るければ、私は黒いシャツを鞄に忍ばせ、ここに来たはずなのだ。しかし今日黒いシャツを着ることはない。
ストライキ決行。千葉ロッテマリーンズにとっては、プレーオフ進出がかかったシーズン終盤の正念場。楽しみにしていたゲームなのに、ストライキのために中止になってしまった。
いつもの週末、ブルーウェーブの応援歌が流れていた場所は、静まり返っていた。アトラクションも、ファングッズの屋台もない。あるのは看板がひとつだけ。
時刻は13時半ごろだったろうか。いつもならゲームの序盤である。スタジアムの中から湧き出てくる、1プレイごとに発せられる人々の声や物音に心躍るところなのだ。しかしブルーウェーブファンによるメガホンの音も、マリーンズファンの雄たけびも聞こえない。案内係がいるであろう場所には、警備員がひとり。
払い戻しのためだろうか、チケット売り場の窓口はひとつだけ開いている。左手にある広場のベンチには、野球帽をかぶった冴えない青年が座っていた。私と同類か。あとは公園を散策するために訪れたのであろう家族連れや老夫婦が通り過ぎるだけだ。
いつもは左手、レフトスタンド入り口へ向かう小道を登っていくのだけれど、今日は小道の手前の分岐点を左に折れ、公園内部へ進んでみた。
切り通しを抜けると、名前だけは案内板で繰り返し見ていた、グリーンアリーナ神戸があった。「野球」はアメリカでは ball game とも呼ばれる。「野球」が中止になったそのそばで、ひっそりと、日本型 ball game が行われているであろうとは、日本国民のほとんどは知らなかったであろう。
「全国お手玉遊び神戸大会」。主催は日本お手玉協会である。さすが、何につけ協会はあるものである。余談だが日本あやとり協会というものも存在する。ひとつ賢くなりましたね。
見学は無料と書いてあるので、覗いてみることにした。自動ドアをくぐり、左手に進むとすぐに客席の廊下に出た。アリーナ全体が見渡せる。さすがグリーンスタジアム神戸と同じ公園内にある施設である、ゲームの見易さという点において共通している。素晴らしい設計だ。
どうやら場内では団体戦が行われるところであった。参加者は出がらしのような女性ばかりである。制服姿の女子中学生もそこかしこにいたが、どうやら競技進行を補助するボランティアらしい。
8つほどあるコート(?)に競技者たちが集まり、司会者によるルール説明が始まる。十分聞きとれなかったが、模範演技と合わせて理解するとルールはこんな感じだと思われる。1チーム5人でそれぞれのチームがコートに対面して並ぶ。そしてコート真ん中、朱色の部分に両チーム1人ずつ出して競技を行う。朱色の部分から出ると負け(ただし片足だけでも入っていればセーフ)。お手玉の玉は頭より高く飛ばさなければならない。頭より低いと、1回目は警告、2回目で失格になる。玉を地に落とすと負けである。両者が2分間落とさずにお手玉を続けると引き分けとなる。この対戦を両チーム5人で順番に行うが、両手お手玉と片手お手玉の二方式があり、一人ずつ交互に行っていく。つまり、両手お手玉の対戦の次は片手お手玉の対戦で、その次は両手お手玉、という按配である。
勝負の行方には興味がないので、早々に場を退く。スタジアムに戻って、いつもの小道をレフトスタンド側入り口へ歩いた。
もぎりの青年が立つ場所には誰もおらず、フィールドへの視界は門扉に固く閉ざされていた。
スコアボードの裏を通り、ライト側入り口に着くがこちらも閉ざされていた。バックホーム側スコアボードに明かりは灯っていない。
門扉の隙間からフィールドを覗いてみる。優れた設計ゆえに、ここからでもフィールドが見えるのだ。しかし、誰もフィールドの芝を駆けることはない。早川や佐竹や、平下やベニーの姿はそこにはなかった。報道によると、オリックス球団はスタジアムでの練習を禁止にしたという。マリーンズのプレイヤーたちは昨日のうちに千葉へ帰ってしまったそうだ。
曇天だが、外にいると暑い。総合運動公園駅の、線路を挟んで反対側にローソンが出来ているのを発見して、飲み物を買いに入る。ささやかながらブルーウェーブグッズのコーナーがあった。ちょっと迷ってから、リプシー(ブルーウェーブのマスコットキャラクターであるネッピーの相方)の人形のついたストラップを併せて購入する。
折角の感傷的な旅である。地下鉄で三宮へ出た後は、真っ直ぐ大阪へは戻らずに、西宮北口に立ち寄ることにする。ここには巨大な墓標が立っているのだ。その名は、阪急西宮球場。
甲子園球場を本拠にする阪神タイガースに対抗して結成された名門、阪急ブレーブス。その本拠地であった。関西の野球場としては先進的な設備を誇ったが、阪急ブレーブスがオリエントリース(オリックスに改称)身売りされ、その1年後グリーンスタジアム神戸に移転してからはもっぱらアメリカンフットボールや競輪の舞台として使われた。2002年に閉鎖され、今は廃墟と化している。
阪急電鉄創業者小林一三は、西宮北口の駅の上に球場を建設するという壮大な計画を描いたらしいが、さすがに無理だったようで駅のすぐそばに建設することになったようだ。駅から出て200mくらいだろうか。藤井寺球場なみの近さで、民家の立ち並ぶ間の小道を抜けると球場正面に出る。
写真では仰々しく閉鎖されているように見えるが、脇道があって、球場入り口まで行くことができる。背後には喫茶店の看板があったが、日曜日だというのに閉店であった。ちなみに、同じ並びは「プチ・ソワレ」という名前の、寮のようにこじんまりとしたホテルがある。名前からして男女で入るホテルだと思いきや、「ビジネスホテル」と看板の横に小さい文字があった。
大阪球場、藤井寺球場、甲子園球場、大阪ドーム、グリーンスタジアム神戸――子供の頃からプロ野球を見てきたが、ここ西宮球場だけは来たことがなかった。悔やまれてならない。
ここも間もなく取り壊される。西宮北口駅前では、新しい高層住宅が立ち並び、阪急今津線が地下をくぐるための路線工事、そして巨大な建物の工事が進んでいる。球場が取り壊されたときには、ブレーブスを偲ばせるものは消えうせ、ブレーブスを知らない人々が住み、買い物にやってくるのだろう。
大阪へ戻って、来週の研修で着るためのジャージをスポタカで買った。ブレーブスのユニフォームを彷彿とさせる、エンジと白のものを選んだのは、きっと偶然だと思う。
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